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理知を継ぐ者(45) 歴史とは⑤

 こんばんは、カズノです。

【「歴史」を無化すること】

 人は現在の正しさの根拠を過去に求める。でもこの背景が、頼るべき過去を否定していく背景になっている。それが現在です。
 でもそれでも歴史は続いていくものだから、この短期間のうちに生まれてしまった価値観の蓄積もある。にもかかわらず、それすら否定しないといけないのが近過去からの日常の在り方だという話でした。

 いずれにしろ、そういう近過去からの歴史の上に、かの高校生たちも立っています。そのように歴史とは、否が応でも人を飲み込んでいってしまうものだという、これが歴史の怖さだし、逆に、懐の深さでもあります。
 高校生たちもまた、歴史の上にしかいません。というより、いられません。人はいつも無自覚に、日常という歴史時間の中に、ぽつんと置かれているだけです。なぜ自分がそうしているのか分からない、なぜそう話すのか分からない。ふとそう気づく時がある。

 気づいて、それでも歴史に抗したいなら、何千年の洗練を経たものを自分のひと言で切って捨てることの、覚悟くらいは持ちましょう。
 そして自分の言動が、その言葉──今の場合なら「お母さん」という言葉に馴染んでいる人の日常、これまでの生活、人生、過去との繋がりを、少なくともその言葉の影響の及ぶ範囲でいえば、否定するものだということを分かった上で話しましょう※1。
 他者へのそのような振る舞いを許しているのが(日本の)人権思想なのだということも理解しましょう※2。
 なにより、そうして歴史を無化していくことをよしとするのが、自分が頼りにしている歴史/背景だという矛盾を知りましょう。そしてそれがこの数十年のうちに流行った、まだ歴史らしい歴史など持っていない背景だということを。
 それでも「やる!」というなら、それでいいと思います。※3

※1 この場合に日常、これまでの生活、人生、過去との繋がりをまっさきに否定されるのは世の男性ではありません。それはそれで多いでしょうが、まずは「やっぱり恋愛→結婚→家→子をなす」をかつて選んだ女性たちです。つまりは高校生たちの母親か、友達の母親か、まあそういう方々です。
 子をなしてしまうと、日本では自動的に「お母さん」と呼ばれます。中には率先して食事当番になる方もいたでしょう。やっぱりこの話題は家族会議か学級会が先かな、という気もちょっとします。「主体的に『お母さん』『率先して食事当番』を選んだ女性は、高校生たちの主張にどう思うか」みたいな意見交換が必要かもね、みたいな意味です。

※2 近著『死刑について』で、平野啓一郎は「日本の人権教育は失敗している」といっています。おれはそもそも人権思想じたいに問題があると思ってますが、「人権教育の失敗/成功」をうんぬんする考え方もあるようです。
 なおもちろん、平野も「人権思想」を盲目的に信じているのではなく(「人権」とは政治思想のひとつです。人類に普遍の原理ではありません)、それもまた相対的な価値観だと了解しています。そのうえで、現在的なルールとして「人権」思想を考えるならばその教育に日本は失敗している、というのが平野のスタンスです。
 平野の考える「人権教育の失敗」とは、おれなりに解釈すれば、「心情的に共感できない、例えば死刑囚でも、人間なのだから当然『人権がある』ということが理解されていない」といったことです。心情的に共感できる相手には人権を認めるけど(人間として認めるけど)、そうでない相手には人権を認めない(人間として認めない)、そういう偏向した教育になっていると平野は言っているはずです。

※3 念のためですが、高校生たちは家事はできるんですよね? 料理も洗濯も掃除も。家事はやれないし、やりたくもないから、「女性に家事を押しつけるな!」ではないですよね? まさか。
 大人になるまでに、自分の身のまわりのことをきちんとできるようになっておくのは、性別に関係ない、誰もの当然のたしなみです。それがまず「個人として自立する」です。「料理も洗濯も掃除もお母さんにやってもらってた子ども時代を過ぎて、自分でできるようになったら一人前の大人」、そういうものですよね。仕事はできても家事ができず、けっきょくはコンビニに頼り、汚部屋で過ごしているだけなら、それって「家事はヨメがやるもんだと一方的に思ってるオトコ」と同じです。なので高校生たちは一人前に家事をできるのだと、それを前提に話してきました。
 てかね、いたんですよ、昔。80年代フェミニズムが流行った頃、家事ができないからフェミニズム理論を持ち出すお子様女子が。そいつらが主婦になってひと悶着あったものですが(主婦の家事放棄。90年代のアタマ)、なので今現在とは「フェミニズムの影響で家事放棄が生まれた、女性文化のその後」だったりもします。そういう歴史時間の上に現在はある。なので今時の『お母さん』がどれだけ家事をできるのかそもそも疑問ですが、まあこの連載ではそこまでの話は置きましょう。



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