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月組・ブエノスアイレスの風を観た

チケット争奪戦は惨敗したため、配信で楽しみました。
一部ネタバレがあるためご注意ください。

舞台について

公演の詳細はこちらから↓
月組公演 『ブエノスアイレスの風』 | 宝塚歌劇公式ホームページ (hankyu.co.jp)

無口に語る演出たち

ひさびさに噛み応えのある舞台にぶち当たった。
舞台美術もシンプルで照明もどこか薄暗め。だからこそストーリーのところどころに出てくるちょっとした仕掛けにグッとさせられた。
特に舞台装置や小道具は出てきただけで、その場所の様子を語っていたのが良かった。暗がりなバーに置かれた丸机、アジトの古びたソファー。街路のシーンに毎度出てくるバンドネオン弾きも良い感じに空気と調和していて、「1枚の背景絵」のように舞台を彩っていた。
20世紀半ばのブエノスアイレスの、ある名もなき街路の1コマ。タイトルにも「風」とあるように、ただ通り過ぎるだけの1コマ。一瞬のできごとではあるけど、じわりじわりと心に爪痕を残すような空気感。それを言葉ではなく照明や音楽、小道具などで表現する。なかなか文学的な作品だった。

人生は残酷だ

本作品の感想をひとことで表すならこれ。
主人公・ニコラスは反政府ゲリラのリーダーだったが、世の中が変わり新たな生き方を模索する。働き始めた酒場ではタンゴの才能を見出されて、ブエノスアイレストップの舞台も見えるようになる。それが正しい道は分からないけど、傍から見れば明るい道だ。
そんな主人公と対比されるような形で登場するのが、ニコラスの元同志・リカルド。彼もまた新しい世の中での生き方を模索するが、思いつくのは銀行強盗など。かつて思い描いていた「正義」と新しい「正義」のずれを受け止められなくで、どんどん闇に落ち込んでいく。
何が残酷かって、2人の人生の明暗は「運とか努力ではどうにもならない部分で分かれてしまった」ことがはちゃめちゃに残酷なのだ。舞台の中で、ニコラスは「かつて弁護士を目指していた」という趣旨の話をする。一方のリカルドは「孤児院の生まれ」で、「言葉を喋る野良猫のようだった」と称される。
はっきりとは語られないが、この舞台の世界では彼らが「生まれ持ったもの」が彼らの人生の明暗を変えてしまった。現実世界でも「生まれ持ったもの」ひっくり返すのはとても難しい。その厳しさと、それでも歩かないといけない宿命のようなものを、びりびりと投げかけてくる作品だった。

スターについて

月組の皆様について詳細はこちらから↓
月組 | 宝塚歌劇公式ホームページ (hankyu.co.jp)

主演・暁千星さんについて

本公演の主演、暁千星さん(以下「ありちゃんさん」)。顔はどちらかというと可愛い寄りかつ身長が高いギャップ萌え(レビュー観るといつもびっくりする)。ダンスのうまさに定評があるけど芝居も上手で、最近多かった難しそうな役柄もびしっと決めちゃう。
今年初めに大劇場で「FULL SWING!」を観て思ったが、ありちゃんさんは身体全体を使って空間を埋めるのがとてもうまい。
タカラジェンヌさんには踊りがずば抜けて上手なお方がたくさんいる。その中でもありちゃんさんは、舞台全体に薄い層を何枚も重ねるような、空間全体を使ってダイナミックなダンスを踊る※。私はこのタイプのダンスがもともと好きで、そんなダンスができるありちゃんさんにすっかり魅了されてしまった。
今回の舞台でもそんなありちゃんさんの立ち振る舞いがキラキラと光っていた。ストーリーの主軸に「タンゴ」が来ている時点で既に“優勝”なのだが、その背景にあるグラグラしたブエノスアイレスの空気に、幸福なことも残酷なことも「風」のように過ぎ去っていく世界観にうまくマッチしていた。
そしてありちゃんさん、これが月組ラストの舞台だったのだ(だから生で観にいきたかったのに…涙)。次にお会いできるありちゃんさんは星組。楽しみなような、寂しいような。でも星組舞台も月組舞台とはまた違った良さがあるので、どんな化学反応が生まれるかワクワクすることにしよう。

出演するスターの皆様について

月組さんは「芝居の月組」と言われるが、本公演も芝居強者ぞろいで唸るシーンが満載だった。
ヒロインの天紫珠李さん。この方も身体の使い方がうまい(ダンス・芝居ともに)。いろいろ抱えた酒場のダンサー・イザベラという役どころだったが、舞台での華やかさ、路上でのアンニュイさ、家(?)での張り裂けそうな表情など、細やかな部分が。
リカルド役の風間柚乃さん。このお方は芝居達者なうえ舞台でのふるまい方に貫録を感じる。特にグッとくるのが目の使い方。人を疑うとき、怒りをにじませるとき、妹を慈しむとき、そして死に際に瀕したとき。配信でも(配信だからなおさら?)刺さるような演技を見せてくれた。
副組長の夏月都さんも抜群の基礎力で安定した存在感だったし、専科の凛城きらさんも立ち振る舞いがスマートでさす専(さすが専科)。晴音アキさんは信頼と安定の歌唱力で作品に花を添えた(歌うタイミングがずるい)。蓮つかささんは同郷という意味でも好きなジェンヌさんなのだが、一瞬のシーンでその人となりや心情を色濃く表現する芝居力は目をみはった。
若手スターの皆さんも活躍の場が多くて嬉しかった。最近活躍がめざましい礼華はるさんはいわゆる「保守的」な紳士。付け髭が似合う高身長…いいですね…。それに花妃舞音さん彩海せらさんの「ごく狭い世の中しか知らないハイティーンヤンキー」感がめちゃくちゃ良かった。黙っていても座っていてもバチバチににじみ出るヤンキー感。脱帽ものだった。あと前述のバンドネオン弾きを演じていた大瀬いぶきさん。存在を舞台に調和させる力がすごかった。次回も追います…。

私が月組箱推しになった理由のひとつに、「月組スターさんは皆舞台に敬意を持っており、それを表現できる」ことがある。月組舞台を何度か観て、スターさんたちの歌を、ダンスを、芝居を観て、ああ、この方々は本当に舞台を作るすべての人々―演出に関わる人々や観客にしっかり向き合い、自分のステージというものを大切にしている、と思わせられたのだ。
今回の舞台でも、月組スターさんたちの「舞台への敬意」が1場面1場面に、歌声や手足の動きに現れていた。まあ配信だったので細かな表情も見られたのは良かったけど、やはりあの緊張感の糸が張り巡らされた生の舞台が観たかった…。


次回はいよいよ大劇場公演の「グレート・ギャツビー」。こちらのチケットは無事確保できたので、観劇に備えいろいろ予習をしていこう。

※注釈
「舞台全体に薄い層を何枚も重ねるような、空間全体を使ってダイナミックなダンス」参考:イメージとしてはサカナクション「ホーリーダンス」PVでポニーテールの女性が踊るダンスみたいなやつ
https://youtu.be/CWe7oDJgtrQ


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