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短編小説『Dear sword』の解説みたいなもの(ネタバレというか、あらすじ沿いします)

 自創作小説『風は遠き地に』のスピンオフで描いた『Dear sword』は、約7400文字、15分くらいで読める読み切り小説。
 この物語は、『風は遠き〜』では主人公ナギの頼もしい相棒となる銀髪の魔術剣士イルギネスが主役。時系列は本編より約2年ほど前の設定になっています。
 で、本編やTwitterでは、いつも朗らかな笑顔で飄々とした楽天家、かつお茶目とよく言われるイルギネスが、この話ではちょっと様子が違うんですね。

 ここから先は、お話の流れに沿うので、未読で知りたくない方は回れ右、既読&気にしない方はどうぞ。

『Dear sword』は、以下にて掲載しています。
📚カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16816927860794972660
📚小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n2418hm/
📚pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17013662 

最初の場面が一番キワドイし酷い

 そもそも冒頭から、前夜に酒場で声をかけてきた女の家で、よりによって裸で目覚めるという、洗練潔白さのカケラもない場面が展開します。おいおい、お前に貞操観念はないのか。……あったらそんなんなるわけないんですね。本人も<やっちまった>とは思いますが、あまり反省することもなく、無駄に颯爽と現場を去ります。その日の特別鍛錬に遅刻ギリギリで到着したものの、親友の驃(しらかげ)には、ウォーミングアップでコテンパンにされ……「今日はもうサボるわ」と逃げるように帰ってしまう始末。
 そんな感じで、24歳のイルギネスは、かなり自堕落なことになっているので、書きながら作者も「こんな顔があったとは」と驚くことが多い作品でした。もちろんそこには理由があって、その1年ほど前に9歳下の弟が亡くなったことに起因しているのですが、自分の両親、特に母親の落胆が激しいのを目の当たりにして、自分まで気落ちしてはいけないと強く思うあまり、表面的にはヘラヘラしていたものの、自身の苦しみの解放が出来ていない状態だったわけです。しかも、本人は気づいていない。
 なんかイライラするな、でも、酒でも飲めばとりあえずどうでもよくなるからいいか。そんなノリで、いつしか彼は、しばしば酒場に繰り出すようになります。端正な顔立ちなんで、一人で飲んでいても、声をかけてきたり、仲良くなる女性もしばしば現れる彼は、「まあ、そっちがそう言うなら」って、酒の勢いも手伝って、ちょいちょいワンナイトラブにも乗っかってしまう。一人暮らしの部屋に帰るよりは、誰かと肌を重ねて、気持ちの良いことをしてる方が、よっぽど楽しいわけです。いや本当、どうしようもない男ですよ。こんなこと何人してるんだお前は。

よくある展開「最初の印象がダメダメ」

 さて。
 そんな調子で、愛剣の手入れもすっかり怠っていたイルギネスは、これはさすがにまずいと思って、行きつけの武器屋を訪れ、そこでついにディアと逢います。店主の娘のディアのことは知っているけど、別にそんなに話したこともなく、特に意識するようなことのない存在。その日、留守の店主に代わって店番をしていたディアと、初めてちゃんと話をするのです。ところが──

「まあ」
 鞘から引き抜くなり、彼女は呆れた声を出す。
「ちょっと。酷い状態ね。ちゃんと手入れしてるの?」
 いきなり言われ、イルギネスは内心カチンときた。だが、反論できる材料はなかった。
「剣の腕は、剣に出るのよ。こんな扱いで、どんな剣士さまなんだか」

Dear sword<2>より

 と、のっけから責められます。憮然とするイルギネス。そもそも、彼に最初から突っかかってくるような女性なんて、皆無なわけですね。いつもチヤホヤされてるんで。この辺の展開は王道です。「は? こいつ、俺になんて態度を」っていうインパクトね。でもこれ、ディアから見てもダメ男インパクトですね(笑)。
 これについて、捻ろうとか何か他の凝った流れを入れようとは、全く思いませんでした。この二人のやり取りは、ごく自然に浮かんで、そのまま書いてるようなところがあります。だから、内容的にはありがち展開だし、先も読める。でも、そこにある、誰でも経験したことがあるであろう、恋の始まりのときめきの感覚を丁寧に散りばめて乗せることで、読者の方のリアルなときめきを呼び覚まして、一緒にドキドキしてもらえるようにと、表現を模索しました。
 そもそも最初は、バレンタインに合わせて、この二人の恋愛を主軸に何か書こうと思ったんだけど……弟くんのエピソードに比重が持っていかれて、恋愛がサブテーマみたいになったのは、ささやかな計算外でしたね(笑)。

剣に恋して

 ディアは、イルギネスに苦言を呈しますが、それは、彼女がいつも憧れて見ていた剣が、見るからに荒んで可哀想な状態になってたことに、悲しみを覚えたからでした。ところが、ちょっと話してみると、持ち主の方も何やらしょげてて、まずはこっちが重症な様子。この時点で、イルギネスはまだ、自分の心理状態には気づいていないんだけど、本当は彼が、弟を亡くした悲しさと寂しさで道に迷ってるんだってことに、ディアの方が気づくわけです。自分より背の高い銀髪の青年が、うなだれて小さくなっているのを見て、どうにかしてあげないと、と持ち前の面倒見の良さが頭をもたげます。
 イルギネスが帰った後、ディアが彼の剣を手入れする場面は、物語では綴っていませんが、彼女は剣を通して、イルギネスの気持ちに寄り添います。ボロボロになった剣──それはまるで、彼自身のようだと。剣が元気になれば、彼も少し、元気になるかしら。せっかく、気になっていた美しい剣の持ち主が分かったんだから、どうせなら彼にも笑って欲しい。そんな思いで、彼の愛剣を丁寧に手入れしてあげるのです。この時点でディアは、イルギネスに惹かれたんじゃなくて、圧倒的に、剣に恋する女子ですね(笑)。

「俺だって苦しい」にやっと気づくイルギネス

 ディアとのやり取りで、無意識に飽和状態だった心に、プスッと空気孔が開いた
イルギネスは、やっと、心が呼吸を始めます。

 放っておいたのは、剣だけじゃない。無理矢理の笑顔と引き換えに、置いてきたのは自分の気持ちだった。
「なんだよ。俺は可哀想じゃないのか」
 あの時、無意識に飲み込んだ言葉を、イルギネスは吐き出した。口に出して初めて気づいた。そうだ。自分だって、こんなに苦しいのに。

Dear sword<3>より

 あまりに辛かったり苦しかったりすると、感覚が麻痺することってありますよね。イルギネスの場合、兄貴肌が染み付いてるんで、それが強すぎて、自分でも気づいていなかったところが、重症だったりします。でも、やっと気づいても、頑なになっている自分の心は、なかなか呪縛を解いてくれない。どうしていいか分からなくなった矢先、ディアが磨いた愛剣が、一気に彼の心を溶かす。ここの流れは、映像としてスムーズに浮かぶものの、文章化が難しかった場面の1つでした。
 眩(まばゆ)い剣の輝きを前にして、心の酩酊状態から目が覚めたイルギネスは、早くもディアに、ちょっとばかり惹かれ始めます。

 振り向くと、ディアが羨望の眼差しで、こちらを見ている。その明るい瞳に、彼は無意識に目を奪われた。
「ちゃんと面倒見てあげてよね。私も、この剣が好きだから」彼女は諭すように言った。
「なんだ。剣のことか」
「え?」

Dear sword<4>より

 剣に恋するディアと、すでに彼女に恋の兆しのイルギネスのすれ違いが、書いてて楽しかった場面ですね(笑)。
 イルギネスは、放っておいてもモテるので、基本的にあまり自分から女性を追わないタイプです。最後の場面で彼が珍しく緊張しているのは、こっちから声をかけることに慣れていないせいもあります。そんな彼が、意を決して最後の一言を言うわけですが、ここから二人が付き合うまでは、まだもう少し時間がかかります。
 恋愛としては本当に導入部分だけで終わっていて、「えー! ここで終わるの? 続きはっ?」なんて言われたクライマックスですが……ドキドキ嬉しい予感がしたでしょ?(笑)
 読了後、トキメキの余韻と、ほっこりした気持ちをお届けできたら嬉しいです。そんで、もし何かで凹んでいるならば、彼と一緒に、ちょっと、元気になって欲しい。そんな気持ちで書き上げました。

 この物語は、扱ったテーマ自体は重めなんですが、イルギネスの性格もあってか、重々しくならずに、ちょっとクスッとできる要素が混じったことで、いいバランスになったと思います。
 そして、おそらくこれ、創作ブランク以前の自分には書けなかった話です。
 冒頭の書き方なんかもだし、誰かを亡くすという経験、そして恋愛要素……当時も多少の経験はあれど、創作から離れていた時間に、さらにあらゆる経験が積まれたことで、やっと書き出せる要素が揃ったなと。イルギネスと驃(しらかげ)のやり取りも、実はライブ現場、打ち上げなどで兄貴たちが繰り広げる男同士のやり取りの要素が、多分に入っています。女社会に縁の薄い自分には、むしろ、男社会を描く方が書きやすいくらいですね(笑)。
 物語は想像力がないと書けないと言われるけれど、想像だけでは追いつけないリアリティっていうのは、確かに存在する。人生、何でも無駄ではないなというのは、特に創作には言えるんじゃないかな。大変な時代ではあるけれど、生活の全てがネタの下地になるってくらいには逞しく捉えて、これからも書いていきますぞ!

 ご拝読、ありがとうございました!

『Dear sword』は、以下にて掲載しています。
📚カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16816927860794972660
📚小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n2418hm/
📚pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17013662 

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