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"Site-specific AR" と建築でつくる「贅沢」な都市体験

過去のテキスト

2020年4月、コロナの流行が始まった直後に以下のテキストを公開しました。都市とVRが共存共栄するために、それぞれの特性を理解し、早急に社会実装すべきという内容。

2022年1月にはそれを承けて、マルチバースを「複数のメタバースプラットフォームや都市、国家を含む文化経済圏が共存共栄する社会」と定義し、現実/情報空間を横断した「空間間競争」の時代における都市の磁力とは「本能的に脳を移動させたくなる度」ではないかと結論付けました。

本当はここで「自由エネルギー原理(※1)と移動~遊牧民から散歩まで~」みたいなテキストを書きたかったんですが、リサーチがまだまだ足りない。仕事でメディアアート系の文化施設の開業に携わっていたこともあり時間も十分に取れず、今日に至ります。ですが、この施設開業に携わったことで、ARによる都市体験デザインの解像度がかなり上がったので、今日はそちらの方向への理論拡張を言語化しておくべく、筆を取ります。

※1
環境に適応する(脳で学習した情報から予測モデルを構築する)と同時に、学んだ環境モデルを維持しようと世界に能動的に働きかけることで、環境と情報論的な均衡を保つ原理的なはたらき。

情報発信拠点「TOKYO NODE」

2023年10月「TOKYO NODE」という施設をオープンさせました。虎ノ門ヒルズ ステーションタワーにできた情報発信拠点/文化施設。1500㎡のギャラリー、300席の音楽ホール、屋上のガーデン&プール、4つのレストランカフェ、新しい都市体験のための共創スペース、ボリュメトリックスタジオが一体となった、超複合施設。詳しくはこのテキストでは触れませんが、この施設のうちラボ機能を担う「TOKYO NODE LAB」という研究開発機能を担当しています。新たな都市体験やコンテンツを創出するさまざまな共同プロジェクトを推進しています。

VPSビタビタARアプリ「TOKYO NODE Xplorer」

TOKYO NODE LABが推進しているプロジェクトの1つに「デジタルツイン(※2)環境を活用した都市を拡張するAR体験」というものがあります。虎ノ門ヒルズやその周辺の街のデジタルツイン環境を構築し、VPS(※3)で位置合わせを行うことで、都市環境にぴったりと合ったARコンテンツが出せる、という状態を目指すものです。

※2
現実に存在するモノや建物と全く同じ3Dデータを広義に捉えて言う。形状や環境がリアルタイムに3Dデータ側にも反映されるなど、動的なデータ連携を志向する。

※3
Visual Positioning System の略。あるデバイスのカメラの入力イメージと、裏側で保持しているデジタルツインを照合して、デバイスの位置情報と姿勢を推定する技術。

現存するMR-HMDの多くはフロントカメラの情報をアプリ側に返せない仕様になっているため、VPS-AR体験のインターフェースとしては引き続きスマートフォンが選択されました。最終的には、あり得ないほど精巧に建物に張り付くAR体験ができる「TOKYO NODE Xplorer」というアプリを開業と同時にローンチしました。

市場はMR(AR)の全盛期へ

技術的な内容には今回は触れずに、今まで私が論じてきたことから、この体験をリファレンスしてみようと思うのです。2022年1月のテキストでは、「空間間競争」の時代のプレイヤーとして

  • Meta・ClusterなどのVR勢力

  • Niantic・StylyなどのMR勢力

の2極があり、個人的には後者のほうがしっくりくると書き表しました。その後、AppleがVisionProというMR-HMDを発表し、さらにはMetaがQUEST3という価格破壊的なカラーパススルーHMDを市場に送り込んできました。Appleのデモ映像は明らかに2極のうち後者を志向するものでしたし、MetaまでもがMRに足をしっかり踏み入れているのが現在です。

正しさや流行などはどうでもよいのですが、都市の圧倒的な情報量、偶発性、再現不可能性愛好家の私にとっては、面白い時代になってきたなと思います。「TOKYO NODE Xplorer」はまさに都市の新しいMR(AR)体験として、出るべき時に出せたなという気持ちでいっぱいです。

Site-specific AR

「VPS-AR」「VPSがビタビタに効いたAR」など、この体験を表す言葉がいくつか自然発生していましたが、私はもっと概念的に広い定義を試みたかったです。都市の圧倒的な情報量、偶発性、再現不可能性を存分に生かして、それをデジタル技術で拡張することで「その場所にあった体験拡張」がなされる。開発の過程で何度もこの体験を繰り返すうちに、ある体験との共通点を感じます。

それはパブリックアートです。まるでその環境に存在していることが自然の摂理の一部のようなもの派のパブリックアート、風や雨、土壌などの自然環境を入力とした環境芸術などは、人間の想像力や創造力が自然という与えられた環境を拡張し、問題提起や美しさを喚起させます。「VPS-AR」「VPSがビタビタに効いたAR」にも、それに通ずる土着性が芽生えれば、もしかしたらこの次元を目指せるのかもしれない。

アート界ではこのような特定の場所の特性を生かした表現を「Site-specific Art」と呼びます。「VPS-AR」「VPSがビタビタに効いたAR」は、「Site-specific」な「AR」に他ならないでしょう。そこで特定の場所の特性を生かしたARのことを「Site-specific AR」と定義することとします。

Site-specific AR と建築

VPSはあくまで、人間の視覚に対してSite-specificな効果を強力に発揮できる技術でしかありません。例えば聴覚に対してGPSを使って散歩しながらラジオコンテンツの体験ができる「音声AR」という分野もありますし、香りの創造や力覚提示など、五感を喚起するさまざまなAR技術が研究されています。

特定の場所の特性を生かしてこれらがクロスモーダルに働き、五感が統合的に刺激されるとき、それが「Site-specific AR」の体験の最終形となるでしょう。しかし、そこまで思い至れたときふと、「建築」という概念はずいぶん昔からそれを志向・実現しているのではないかと気づきました。

建築という営みは、人間の想像力や創造力で現実空間を拡張する行為に他ならないのではないか。建築家がその土地の歴史や周辺環境、トラフィックなどを統合的に処理して空間を設計することで、人間が心地よさを感じたりインスピレーションを得ることができるようになります。虎ノ門ヒルズ ステーションタワーという超巨大な建築の過程(私が携わったのは竣工前後の僅かな期間にすぎませんが)に直面して、建築という行為の複雑さや多領域さ、クロスモーダルな人間の感覚のためのテクノロジーに触れ、分野としての積み上げてきた歴史を感じました。

これらの経験から、ARはSite-specificであるほど建築に近づく、あるいは、建築と「Site-specific AR」が創出したい体験は同じである、ということが言えると思っています。その手段が設計施工なのか、造形なのか、アプリやソフトウェア開発なのかが異なるだけ。新たな都市体験を創出する「TOKYO NODE LAB」のディレクションやプロジェクトマネジメントにおいて重要になってきそうなのは、これらの多領域性を俯瞰的に捉えながら、特定の場所の特性を生かした体験のために最適(プレイヤー、予算、刹那的か恒常的かなどの制約に照らして)な手段を選び取ることですね。

「加算」ではなく「拡張」をデザインする

「Site-specific AR」においてもうひとつ重要なことは、Site-specificであったとしても、ただやみくもに現実世界に情報を付加すればよいわけではないということです。都市はすでに圧倒的な情報量、偶発性、再現不可能性を帯びており、それを邪魔するような情報はむしろ不要です。すでにそこに存在する空間の面白さに気付かせるきっかけとなるような、「拡張」のデザインこそが求められます。それはコンテクストによっては、ほんの僅かな情報だけでも成立するかもしれないし、むしろ邪魔な情報を取り除く「減算」機能が含まれているべきかもしれない。自然環境への回帰没頭のようなシンプルな体験も、現代の都市生活者にとっては「贅沢」な体験である表現されるように、これは真の「贅沢」な体験とはなにかという問いでもあります。この「都市体験拡張デザイン」ともいえる職能は、UXデザイナーと建築家の間くらいのポジションとして、今後需要を増していくのではないかと考えます。

「贅沢」な体験のためのプラットフォームとしての都市

過去のテキストの結論はいずれも「都市は贅沢な体験のプラットフォームになる」でした。今回もそれは変わりません。メタバースと比較して都市は、相対的に多くの情報量を持ち、偶発性と再現不可能性に満ち、その分コストがかかる。それでも、私は、いや人類は、そんな「贅沢」な体験こそ求めると。コロナが収束し音楽ライブや飲食店など、現実空間での体験への揺り戻しがあったように、いつの時代も人は都市を形成し、そこに集う。

「Site-specific AR」は、そんな「贅沢」な体験のためのプラットフォームとしての都市を、より贅沢たらしめるための重要かつ新しいビジョンです。私個人の興味は一貫して「都市という現実空間に人は何を求めるのか」です。「Site-specific AR」を推進することを通して、街ゆく人の新しい驚きや喜びを見出すことができるのあれば、知的好奇心的にも作り手としても、こんなに幸せなことはありません。

参考

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