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金木犀

どうやら、季節はすっかり秋へと移りかわったみたいだ。この時期になると毎年思うのだけど、秋ってなんだか曖昧だ。なんか気付いたら秋っぽいやつが始まっていて、気付いたら終わっている。けど、金木犀の香りが街を包み込むと、さすがに秋の到来を感じざるを得ない。秋は、嗅覚に強く訴えかけてくる。

秋を代表する、金木犀。私は金木犀の香りがとても好きだ。香りを言葉で表現するのはむずかしいけど、なんかこう、脆さと、孤高な存在としての意志を感じさせるような、艶やかで深い香り。ずっと前から知っていたような懐かしさがあるのに、どこか余所余所しい感じもして、ちょっぴり落ち着かない感じ。金木犀の香りには、一言ではとらえきれない、深い味わいがある。


そして金木犀の最大の魅力は、その香りがどこからともなく突然香ってくるところにある。香りの発信源の特定をしようとして、街中をきょろきょろ見回してしまうあの感じ、大好きだ。結局、金木犀は見つからないことがほとんどなのだけれど、そこがいい。出どころは分からないまま、街中を包み込む金木犀の香りに、ぼわーっと酔いしれるのが秋の醍醐味だ。


けど、何故かいつも、秋が終わると金木犀の香りを忘れてしまう。大好きだと言うくせに、どんな香りだったのか不思議なほど思い出せないのだ。
魔法でもかけられてんのかなって思うけど、それこそが香りの魅力なのかも。忘れてしまうことは、寂しさや切なさを伴うことだけど、忘れてしまうからこそ、何度でもまたその魅力に酔いしれることができる。ちょっぴり切ない幸せの形を、今のわたしはちゃんと受け止められるようになったんだなあ。


季節は、今この瞬間も移ろい続けている。わずか数週間の間だけ、金木犀がその花をいっぱいに咲かせるあの時期を、これからも私は適度に忘れながら、やさしく愛してあげられたらな、と思う。


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