見出し画像

弱点はおいといて強みを生かした方が

 自分の強みってなんだろう?

 通訳や翻訳の仕事をしていて、考えることがあります。

 できれば、強みは伸ばして、弱点は克服したいですよね。

 弱点は、瞬時にものすごくたくさん思いつくんです。

 人間としては、
・慌てん坊
・忘れっぽい
・直感で行動して熟考しない
・思ったことをすぐ言葉にしてしまう
・忖度できない
・周囲に対する気遣いが足りない

 これらの弱点は、大学卒業後すぐにフリーになって、一度も会社勤めをしたことがないことで、ますます助長された気がします。

 通訳者としては、
・語学力が足りない(聴く力も語彙力も発音も話す力も)のはともかく、
・スピードが遅い(=原発言を聞いてから訳出するまでに時間がかかる。翻訳の影響か、わかりやすい訳文にしようと推敲してしまうのです。私は通訳者より、じっくり訳文を考える時間のある翻訳者向きなのかもしれません)

 翻訳者としてもやはり、
・スピードが遅い
・それなのに、すごく野心的な約束(「○月○日までに○ページ翻訳します!」とか)を編集者さんにしてしまう
・だから、締切が守れない

 「じゃあ、お前の強みはなんなんだ?」と聞かれたら、これはもう、自信を持って答えられるものが、たった二つしかありません。

 それが、超楽天主義と底なしの体力。

 これまで挙げた弱みを全部抱えた自分が、この二つの強みだけで世の荒波を渡ってきたのかと思うと、驚きを通り越して感動します。

 二十代の終わりに、難解すぎる二日間の会議の同時通訳を引き受けてしまった時、私はそれぞれの前夜、一睡もせずに準備をしました。二徹です。同時通訳にはかなりの集中力が必要で、前夜にしっかり睡眠をとることが必須です。睡眠不足ではパフォーマンスが落ちてしまいます。徹夜明けならなおさら。それがわかっていながら、半泣きで準備しました。

 夜中に眠い目をこすって「あぁ、今この瞬間に東京直下型地震が起こって何もかもめちゃくちゃに壊れれば、明日の会議が中止になるのに」と何度も天に祈りましたが、当然地震は起こらず。私はといえば、原稿やメモを事前に入手できた発表部分はなんとかやりましたが、質疑になると、質問は訳せても、答の途中で何度かお手上げになり、パートナー通訳者に助け舟を出してもらいました。

 ちなみに、この時のパートナーは大先輩の故米原万里さん。パートナーが下手だとすぐさまマイクを奪うことで有名でしたが、この時はなぜか、私がどんなに困っていても、隣で超高速でメモをとってはくれるものの、なかなか交代してくれませんでした。できの悪い後輩を鍛えようとしたのでしょうか? 

 三十代後半、0歳、4歳、6歳の子どもを抱えて、締め切りまであまり時間がない映画の脚本の翻訳を引き受けてしまった時は、なんと三徹して締め切りに間に合わせました。

 この時も、締め切りを伸ばしてもらって少しでも睡眠をとった方が、頭が回転してより良い翻訳ができたはずですが、その時の私は朦朧としていて、冷静な判断ができませんでした。

 ちなみに、この脚本を読んだ映画配給会社は、そのロシア映画の輸入をしない決定をしたので、私が三徹して仕上げた翻訳は、残念ながらお蔵入りになってしまったのですが。

 どちらの仕事も、その時点での自分の力や置かれた状況を客観的に把握できる人なら、きっと受けなかったでしょう。でも、「まぁ全力を尽くせばなんとかなるだろう」という超楽天主義のおかげで、私はそれらの仕事を引き受け、そして底なしの体力のおかげで、出来はどうあれなんとかやり遂げることができました。思えば、私の通訳翻訳者人生は、この連続です。

 で、ここで言いたいのは、「人生で最も重要なのは、楽天主義と体力だ」ということではもちろんなく、「強味も弱みも人それぞれ。そして、たとえ弱点がたくさんあったとしても、それを気に病んだり、克服しようと必死になりすぎるよりも、数少ない強みを生かして生きていった方が良いのではないか?」ということです。

 え、それじゃ楽天的過ぎるって? 確かに! でもその方が、はるかに楽に生きられますよ。

(写真はマッターホルンをバックに浮遊する通訳翻訳者)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?