【1000字小説】楽園

あるいっぴきのシマリスが、ようやくその森にたどり着きました。
そこは小動物たちにとって”楽園”と呼ばれている場所で、シマリスも、そのうわさを聞いてやってきたのです。

「ぼくのような新参者でも、森のリスたちは受け入れてくれるだろうか」

シマリスは、そう不安に思いながら森へ入っていきました。
すると、森のリスのいっぴきがシマリスを見つけて、
「やあやあ、新しい友達だ」
と機嫌よくしゃべりかけてきました。
シマリスは、
「ぼく、ここに住んでもいいかな」
と丁寧に聞きました。
「もちろんさ、だって森はみんなのものだからね」
森のリスは、そうしてあたたかくシマリスを受け入れました。

そうしてシマリスは”楽園”で暮らしはじめ、しばらくして、森のリスが迷惑な顔ひとつせずにシマリスを受け入れた理由を知りました。
それは、リスたちがいくら暮らしていても取りきれないようなしあわせが、森じゅうにあふれているからでした。

その森はあたたかく、そして明るく日ざしが降り注ぎ、たくさんの木の実が生えていて、動物たちが食べるものには困りませんでした。
そして、その森の季節はずっと夏で、冬が来ない土地だったので、食料を蓄える仕事もしないで済みました。

さらには、高くて細い木がたくさん茂っていて、木の高いところにのぼってしまえば、天敵に襲われるようなこともありませんでした。
うろうろと地べたをうろつくトラを指さして、リスたちは大笑いしながら彼らを挑発したり、木の実をぶつけて遊んだりさえするのでした。

そう、まさに、そこはリスたちにとっての”楽園”だったのです。
シマリスは大喜びでそこに住み始めました。

                                       ***

そうしてシマリスが森に住んでから、3年が過ぎました。
そのころには、しかし、シマリスは不満でいっぱいでした。

あとから来たシマリスに比べ、その森で代々木の実を溜め、水源に近いいちばんいい木に住まいを持ち、森での遊び方をよく知っている土着の森のリスたちは、より快適な暮らしをしていました。

シマリスも、毎日の食べものや住まいなどにはまったく困っていなかったものの、その森で貧乏をしているシマリスには、その森のリスたちはあまり関心を示しませんでした。シマリスは、愚痴を吐きあうためだけのすこしの友達と、あまりよくないメスのリスと結婚をし、毎日をただ過ごしていました。そのことについて森のリスたちに不満を言えば、森のリスたちはこう答えました。

「きみは毎日木の実を食べて、健康に生きていられているじゃないか。ぜいたくを言わないで、自分の生活を充実させるために努力してくれよ」

                                      ***

それからさらに3年が経ちました。
シマリスは、もう、憂鬱でいっぱいでした。
”楽園”の不公平のなかで、シマリスはずっと下の層に居続けていました。下の層のリスたちはおしなべて卑屈で、利己的で、そういうリスたちと接するからか、シマリスも、同じような性格になっていきました。
そんなシマリスのことを、もちろん、だれも愛しませんでした。

でも、木の実はいくらでも食べることができるのでした。
でも、安全なのでした。
そのこともむしろ、シマリスに生きることの楽しさを忘れさせました。

                                     ***

それからちょうど三か月ほどがたった日に、ふと、なにかのスイッチが切れたように、シマリスは木の上に立つちからを弱めて、ずるっと、すべるように、木の下の地面に自ら降りました。
するとやがて、トラがやってきて、シマリスを食べてしまいました。

とてもふしぎなことですが、トラが登れないような高い木で小動物が暮らすその森で、トラはみんな肥えて太っていました。
まるで、いつも天から餌が降ってきているかのように。

そしてその森は、トラたちの間で”楽園”と呼ばれていたのでした。

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