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生理という呪い

 私にとって生理は呪いだ。生理が始まれば頭痛・腹痛・腰痛の三重奏で体はボロボロ、そのために鎮痛剤をわざわざ買って毎日飲み続け、量が多いせいで割高の「特に多い夜用」ナプキンをつけ続ける羽目になり懐もボロボロ。おまけに生理期間外も排卵痛で布団から起き上がれなくなるわPMSで体調も精神状態も不安定になるわで心もボロボロ。生理が軽かったらどれだけのお金と時間と精神の余裕が戻ってくるのだろう、と考えると腹が立ってしょうがない。

 今年の長すぎる梅雨の最中にも生理は容赦なくやってきた。ただでさえ精神面が不安定の中、COVID-19の先行きの見えない不安も相まって史上最悪のPMSも経験した。
 1日布団から起き上がることができず、夜は寝ようと思っても明け方まで寝られない。生理前の段階で従来の生理痛のような頭痛に悩まされ、排卵痛で動けずに仕事を休むなど、生活にも支障をきたしていた。

 過去に何度か婦人科へ行ったこともあったが、何度検査しても結果は「異常なし」。そのうえ婦人科医も男女問わずひどい人間ばかりで完全に婦人科がトラウマになっていた。
 性交渉未経験の私は内診がとにかく痛くて嫌だった。問診票では必ず未経験の箇所にチェックを入れたが、書いてもそれを酌んでくれる医者はいなかった。検査器具を無理矢理突っ込んだ挙句、「血出てるからこれでもつけといて」とナプキンを投げてよこした男の医者。看護師さんが私の問診票を見て「エコーで外側から見たほうがいいですね」と勧めてくれたにも関わらず、「成人なのに内診じゃなくてエコーって、子どもみたいなことさせるんじゃない!」とその看護師を怒鳴りつけ内診を強行した女の医者(その後、彼女は何の治療法も示さずに「こんなの一人か二人産めば治るんだから我慢しろ」と言い放った)。

 どうせこんな状態で婦人科に行ったところで結果に異常がなく、またひどいことをされ、ひどいことを言われて終わるのだと思ったら、悲しさよりも怒りが込み上げてきた。怒りの矛先はこの苦しみの元凶である子宮へと向く。早く自分から切り離してしまいたい臓器、子宮。こいつさえなければ、どんなに快適に過ごせるだろうか。そもそもなんで人間のいち臓器がこんなに取りざたされるのか。気に入らない。もう子宮のすべてが気に入らない。自分の下腹部に存在している臓器に腹が立ってしょうがない。

 とは言っても今までにないひどいPMSにかなり消耗してきたので、近くの婦人科を検索することにした。そしてとあるクリニックのサイトを見た。パステルピンクのふんわりとした柔らかい書体で子宮内膜症や子宮筋腫、月経困難症などの解説がざっくりと掲載されている中、最後に「あなたはご自身の女性性と向き合えていますか?」「こういった症状に苦しむ方は、自身の女性性ときちんと向き合えていない方が多いのです」といった内容がふわふわと書かれていた。

 その瞬間、私は猛烈に死にたいと思った。何故だか、とにかく死んでしまいたいと思った。いかにも「女性」が好むと思っていそうなふわふわ、キラキラした可愛い書体で提示されるグロテスク。風邪を引いて内科へ行って、そこで「あなたの女性性に向き合えてますか?」なんて聞かれるか? 腰が痛くて整形外科に行き、「あなたは自身の男性性とうまく向き合えてませんね」なんて言われるか? どうせここで書かれている「女性性」なんか、日本の至る所にはびこっている恋愛伴侶規範とヘテロノーマティビティが前提のくだらない狭苦しい「女性性」でしかないのだろう。

 そう思ったら、こんなくそったれな臓器を抱えて生きることが苦痛としか思えなくなった。子宮を取りたい。取ったところで私は私だ。死にたい。取った上で私は私のまま死にたい。この国で認められる女として生きたくない。死にたい。

 希死念慮でぐらぐらする自分を無理矢理寝かしつけた次の日、生理が来た。おそらく今までの生理痛の中で最悪の痛みで立ち上がれなかった。頭痛、腹痛、吐き気、腰痛。私はまた会社を休んだ。

 生理が始まった翌々日、いよいよこれはまずいと自分で自分の希死念慮に衝撃を受け、個人医ではなく少し遠くの総合病院へ行くことにした。また婦人科で異常なしと言われても、別の科を案内してくれるかもしれないと思ったのだ。

 担当してくれたのは若い男性医だった。今まで散々な目に合ってきたので身構えていたが、彼はゆっくり私の話を聞いてくれ、そして問診票もじっくりと見てくれた。検査も痛みのない方法(経直腸超音波検査)で行い、結果としては相も変わらず異常なしであり、機能性月経困難症と診断された。「明らかに日常生活に支障をきたし、精神的にもかなり負担がかかっている。あなたは確実に治療すべきです」とはっきり言われた時、ああ、異常はないが病気なんだな、と妙に安心した。

 低用量ピルを処方され、ひとまず精神は落ち着いている。初めてのピル服用なので体調不良だったり不安だったりで、飲み始めはメンタルぐちゃぐちゃだったが、ようやく落ち着いてきたような気がする(ピル服用の個人的なあれこれもそのうち書こうと思っている)。
 希死念慮も今のところは「死にたいけど見続けている海外ドラマの続きを見るまでは死ねないな…」程度で済んでいる。あと、なるべく旬の美味しいものを食べるとか。今は夏野菜や桃が美味しいが、秋まで生きたらまた違う美味しいものが食べられるだろう。ちょっとした楽しみを積み重ねていってやっとこ生きている。

 これが私の生理だ。某メーカーに言わせると「個性」なのだそうだ。ふざけている。生理は個性じゃない。私にとって生理は呪いだ。苦しみや負の感情をわざと粉飾するようなしゃらくさいキラキラもふわふわもいらない。必要なのは正しい情報、そこへリーチできる環境だ。その一切をないがしろにして何が「個性」だ。

 しかしそれが「金になり」「受け入れられる」と判断された環境だからこそ、あんな呪いがはびこるのだ。


 やはり、早々にこの世界からは退場した方がいいのかもしれない。

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