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超短編『赤い風船』

パパはわたしが赤ちゃんのとき
死んじゃったっていうけど、
パパの写真は見たことがない。

 あんたはパパにそっくりね
 目が糸みたいに細いところが

ママはちょっと意地悪く笑いながらいう。

 ママきれいね

 ゆうちゃんのママ美人さんね

保育園のときから
みんなにいわれた。

得意な気持ちになるけど、
鏡を見ると悲しくなる。

あたし、全然ママに似ていない。
ママに似てたらかわいいのに。

大人になってお化粧したら、
少しはママみたいになれるかな。


あの日、ママは遊園地に連れて行ってくれた。
チケット売り場で、はじめてあのおじさんに会った。

にこにこして、あたしの頭を撫でようとしたけど、急いで首を引っ込めた。

ときどきうちに遊びにくる
お兄さんとは違うにおいがした。

おじさんは、赤いお鼻のピエロさんから風船を買ってくれた。

赤い風船

ジェットコースターに乗るときも
観覧車に乗るときも
おじさんは下で待っているだけ。
風船が飛んでいかないように持っていてくれた。

空飛ぶじゅうたんに乗ったら、
気分が悪くなった。

 何か飲み物買って来るから、
 ここで待ってるのよ。

ママとおじさんは売店のほうに行った。

あたしはベンチで待っていた。
赤い風船を持って。


長いこと待っていたら、
気分が悪いのは
すっかりよくなった。

ママ遅すぎるよ

もうお空が真っ赤だよ

どこかで夕焼け小焼けの音楽が鳴り出した。

おかしいな
売店まで行ってみようかな。

早くしないと門が閉まっちゃう。


遊園地の制服を着たお姉さんが
ニコニコしながら近づいて来た。

 そろそろ閉園時間ですよ。
 ママは?

 えーと
 ママは……

涙がつうーと流れた。

そのとき、

風船がお空に飛んでいった。
あたしの手を離れて
高く高く飛んでいった。

 風船が!

 あたしの風船が!

 待ってーぇ

門の外まで追っかけたら、



ドーーーン



目が覚めたら、
天井も壁も真っ白な部屋にいた。
大きなベッドで寝ていた。
両方の足に、包帯がぐるぐる巻きになっていた。

お巡りさんがふたり、
部屋に入ってきた。

何度も
お名前は?
って聞かれたけど、
あたしは答えなかった。
絶対答えなくなかった。


あたしが名前をいったら、
また前みたいにママが捕まっちゃうから。

            (了)                


『赤い風船』浅田美代子
 1973年(昭和48年)

昭和歌謡『赤い風船』を聴いていたら、こんなおはなしが浮かんてきました。

小説『鬼畜』松本清張

映画『誰も知らない』是枝裕和監督

のエッセンスも入っているようです。

















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