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ビジネスにも人生にも消しゴムは要らない

とあるオンラインセミナーに参加したときのことでした。パネリストの方が、幼いころ絵画教室に通っていたときの話をしていました。その教室では、描きそこなっても消しゴムで消さないようにと教えられていたそうです。なぜだと思いますか…?

わたし自身は「たしかに、絵を描くのに正解も間違いもないもんね」と思いました。そのつもりで妻にこの話をしたら「あー、なるほど、消せないと思えば間違えないようにと集中するもんね」というリアクションが戻ってきました。人によってずいぶん捉え方が変わるものです。妻の反応は、確実に、着実に、計画通りにというところだと思います。一方で、絵を描くときの発想の自由さを奪ってしまうかもしれません。わたしの方は、良く言えば、おおらか、悪く言えば、行き当たりばったりです。

アウトプットを消してしまうことで失われるもの

絵に限らないし、文章もそうですが、表現したいことのすべてがはじめからはっきりしているわけではなく、表現が決まってから言いたいことがはっきりすることが少なからずあると思います。書き始めたら、「そうそう、これが言いたかったんだよ」ってよくありますよね。わたし達は、書きながら絶えず自分が書いた表現を理解しようとし、また、自分の表現しようとしていることは何かをはっきりさせようとして「自己内対話」を行っているのです。この対話は、誰かとの間でも起きますよね。ホワイトボードを使って議論しているときなどがそうです。なので、安易に消しゴムで消してしまうと、自分たちがやろうとしていることを理解する対話の芽を摘んでしまうことになるのです。

「意図的戦略」と「創発的戦略」

「イノベーション」の研究で有名なクリステンセンは、その著書の中で下記のように述べています。

企業が戦略を立てる方法を見ていてわかるのは、始めのうちは有効な戦略を見つけるのは難しいが、だからと言って成功できないわけではないということだ。むしろ企業が成功できるかどうかは、有効な手法を見つけるまで、試行錯誤を続けられるかどうかにかかっている。結果的に成功する戦略をもって生まれるのは、ほんの一握りの幸運な企業だけだ。
出典:「イノベーション・オブ・ライフ」クレイトン・クリステンセン著

これは、やみくもに試行錯誤しろと言っているわけではありません。クリステンセンは、ミンツバーグが説く「意図的戦略」と「創発的戦略」のバランスを取るべきだとも言っています。その戦略がうまく行っているのなら意図した通りに戦略を推進せよ、となります。つまり、書き損じないように集中するのですね。しかし、状況は刻一刻と変わります。また、どんなにあらかじめ綿密な分析をしても、やってみて分かることも出てきます。大切なのは、その分かったことも取り入れながら、絵を描き続けることができるかどうかです。これが創発的戦略です。なお、これはどっちが良い、悪いという話ではありません。成功している企業では、創発した戦略が、意図的な戦略になるという繰り返しが起きているのです。

対話によって企業の目的も創発される

冒頭のオンラインセミナーのパネリストさんは、目の前にあるものを活かして描くことで、創造性が育まれるということをおっしゃっていました。
その話を聞きながら、その過程には三つの創造があるように思いました。実際に計画した意図を形にするためのHowの創造、得られた結果から、次に何をすべきかを意図するWhatの創造。そして、何のためにこの戦略を実行しているのかというWhyの創造です。

ここで言っているWhyは、目的や存在意義と言い変えることもできます。目的というと最初から定まっているもの、変わるべきではないものと思う方もいると思います。しかし、わたし達が自身が目的だと思っていること、つまり、何のためにそれをしているかという思いは、実行して対話し、振り返ることでより深まっていくものです。ところが、表現にしばられてしまい、本当に大切にしたいことが十分に腹に落ちていないということが多いと思います。経営理念が綺麗すぎて、浸透しないことがあるのはこのためです。表現したいことのすべてがあらかじめ分かっているわけではないのです。

アフターコロナをどう進んでいくかという議論が盛んです。今回起こったことは、まったく意図していないことでした。しかし、ただ過ぎ去ることを期待するのでは、今回の経験を消すことに等しい。今、できることは何か、次やるべきことは何かを考えようというのがアフターコロナの議論ですが、これに加えて、自分たちの存在意義への理解を深めることもぜひ議論したいところです。

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