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人を賢くする「会社」

わたしがコンサルタントになったきっかけのひとつにこの本との出会いがあります。

かれこれ16年ほど前になりますが、在学中はほとんど行ったことのなかった母校の図書館で、出会った本です。ノーマンは、「誰のためのデザイン」の方が有名かもしれません。人間中心のデザインについて説いた認知科学者です。

ノーマンはこの本の冒頭で「科学が発見し、産業が応用し、人間がそれに従う」という1933年のシカゴ万博のスローガンを引用しています。これは、否定的な意味で引用しています。そして、本の一番最後には「人間が提案し、科学が探求し、技術がそれに従う」と書かれています。科学がどんなに進歩して、産業が発展しても、それが人の役に立たないのなら意味がない、むしろ有害であるということを示唆しているのです。

体験的認知と内省的認知

ノーマンは、この本で一貫して体験的認知内省的認知という概念の話をしています。道具がわたし達の認知活動を支えているとして、そこには体験・内省の二つのモードがあります。

体験モードは、例えば車の運転のような行為です。教習所で「認知・判断・操作」と習いましたよね? 信号や歩行者、対向車などの状況を認知、判断、操作して車を運転します。この行為は自動的に行われます。信号が青になって、ウィンカーを出して、アクセルを踏んで、ハンドルを切るという一連の行為において、「どうやったら事故を起こさないのか、そのためにわたしは何をすべきか」などといちいち考えません。対向車がくれば、パッと、ブレーキを踏むでしょう。こうした自動的な行為を車のハンドルやアクセル、ブレーキ、ウインカーは支援しているのです。

内省モードは、「どうやったら事故を起こさないのか、そのためにわたしは何をすべきか」を考えるモードです。教習所で運転の記録をプレイバックしながら、ディスカッションする、というのをやった記憶があります。この時、ビデオは(いまだったらドラレコですかね)内省を支援する道具です。振返って、体験を知識として再統合していくのです。こうした、思考の過程は、「個人的な体験」だけでは絶対に成立しないということをノーマンは言っています。振返りの中で、先生や他の受講者といった他者の視点を取り入れることで知識の再構築が進むのです。

体験すべきときに内省してしまうこと、内省すべきときに体験してしまうこと

ノーマンが指摘しているのは、体験すべきときに内省してしまったり、内省すべきときに体験してしまったりする道具もある、ということです。
例えば、SNSはどうでしょうか。他者とつながっていて、いろんな情報が得られる。そのことで、新たな考えを得るなど、内省が進むこともあるでしょう。一方で、本当は、自分にとって異質な情報が、自分の考えの再構築につながるわけですが、そのモヤモヤした状況は認知的な負荷が高い状況となります。そこで、自分の閲覧履歴などによって必要な記事や知合いがリコメンドされる。結果、パッと「イイね」できるし、久しぶりの友達とつながることができる。そうなると、確かに気持ちいい。体験モードに入っていきます。ところが、こうした行為には中毒性がある。結果として、この体験の奴隷になり、時間を浪費することもある。自分にとって都合の良い情報だけに囲まれて、知らず知らずに自分を再構築する機会が奪われてしまう、そんなことが起きています。

気をつけないと「科学が発見し、産業が応用し、人間がそれに従う」ことになりかねないわけです。

会社もまた、人を賢くする道具である

会社もまた、人を賢くする道具であると思います。
ここでいう賢さとは、誰かの役に立つための知恵が生まれるということです。誰かとは、広く社会だったり、より具体的には、お客様です。お客様に役に立とうという理念のもと創意工夫を行えるようになっているのが、良い会社です。

しかしながら、多くの会社で体験モードだけになっている状況を見ます。自分たちの都合の良い情報だけを集めて、いかに利益を得るかだけを追求し、最適化している、そんな場面に出会います。お客様第一、と言いながら、月末になると、いいから、売ってこい…! となるような状況ですね。それ自体はある意味で必要です。ただ、毎月やってませんかね? それで、うまく行っている気になってないですかね? と思うわけです。

ノーマンも、体験モードを否定はしているわけではありません。ただ、内省すべき時に体験している状況が増えていると示唆しています。それも24年も前の本で、そう指摘しているのです。

経営にも、道具と同様に順序があります。「お客様を発見し、商品・サービスを探求し、利益がそれに伴う」という順序です。利益からスタートした場合、それなりの原動力にはなると思いますが、長続きしません。なぜなら、自社の利益ばかりを考えている会社をお客さまは好きではないからです。そして、そこからは、新しい考えは得られないし、新しい自分たちにも出会えません。そのような会社での働きがいは、わたしには高いと思えません。



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