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売れない調香師が帝王と呼ばれた理由が俺だった件。2

――1日前――

瀬木せき俺また振られた。」

「は?またかよ!今度は大丈夫とか言ってたじゃねーか!」
世間では華金なんて言われる週末。時刻は21時を回ったところだ。俺、華束幸助かたばこうすけは、同僚で友人の瀬木司せきつかさと残業上がりに夜飯がてら居酒屋に来ていた。

俺はやぼったいボサボサの黒髪をかきあげ、可愛いサンルオのキャラクターヘアピンで前髪を止めると、仕事終わりの生ビールを煽るように一気に飲み干す。
「ぷはぁぁ!!あ――――!うまいっ!」

意気揚々と枝豆に手を伸ばしていると、瀬木が急かすように聞いてくる。

「おい聞いてんのかよ。女、なんつってお前振ったの?」
「私の事好きじゃないでしょ?って言われてそのまま別れた。」
「はぁー?またかよ。お前何回そのくだりやんだよ。」
瀬木が呆れたように俺に言うが、俺としては無罪放免であると主張したい。

「マメに連絡して、デートしたいって言われりゃデートして、記念日は食事して、プレゼントだってちゃんとしてたんだぞ?!これ以上何があるってんだよ!」
言っててなんか悲しくなってきて、涙目で叫ぶ。

「記念日って、お前付き合って3ヶ月で記念日ってなんかあんのか?」
瀬木がふと問いかけると、俺が不服そうに答える。
「1ヶ月記念日とか…女の子がやりたいって言うからさ。」
瀬木が盛大にため息をつく。
「お前それも女が言ったからやったのか?」
「わるいか?」
「なんかお前からデート誘ったりした事ねーの?」
俺はこの3ヶ月を振り返って即答する。
「…ねーな。そいや。」
「そりゃ女も嫌になるわ。」
枝豆を食べる手が止まらない俺を見ながら瀬木が言う。
「別れた後にそんだけ元気なんだから、マジでお前の中で箸にも棒にも掛からなかったんだろーな。」
瀬木の言葉は別れなんてこんなもんだと思っている俺にはピンとこない。

「俺やっぱ、恋愛向いてねーのかも。」
なんの気なしに言う。

「いい出会いがあったら変わるだろ。あとお前さぁ、そのサンルオ好きなんとかしろよ…。」
呆れたような瀬木の言葉にカチンときてしまう。
「なんだよ!わるいかよ!!可愛いだろサンルオ!」
サンルオキャラはふわふわしていて俺のハートを撃ち抜いてくるのだから仕方ないのだ。

「お前仕事中はイケメンなのに、そんなボサボサ頭で可愛いヘアピンつけてんのいきなり見せられる女の身になれよ。仕事してるお前とプライベートのお前のギャップがすげぇから女も付いて行けねーんだろ。大体、お前ちゃんと相手に好きとか言ってたのか?」

長々クドクドと説教してくる瀬木はまるで母親のようだ。

「いやだって、あっちから付き合ってって来てさ、いきなり俺から好き好き言ってたらおかしくね??好きでもねーのにさ。お前だって好きでもない女の子と付き合って好きって言えるか?」

テーブルに肘をつき、対面にいる瀬木に焼き鳥の串を向けてやる。
「言うね。そもそも好みじゃなきゃ付き合わねーし。」
「ひでぇやつだなお前。」
瀬木の言葉に、うわぁ…と引いたように言ってやる。
「ひでぇのはどっちだ。女の涙ぐましい努力の報酬だろーが。」
報酬か、そう言われてみればそんな気もする。なるほど。
「まあ、努力してみる。」
「そーしろ。」

その後は、2人で仕事がどーのこーのと話をして、食事が終わると店の前で別れた。

「はぁー、明日やっと休みだ。寝るぞー!」
流石にスーツ姿でサンルオヘアピンを付けて歩けないのでカバンの中に仕舞う。仕舞いながら歩いていたせいで、前を歩いていた青年にぶつかった。
「うわっ!」
青年はカバンを落としてしまった拍子に中に仕舞ってあったノートや教材が飛び出してしまい、拾うためにしゃがみ込む。大学生だろうか、難しい本ばかりだ。
「ああ、すみません!」
俺は慌ててそれを手伝った。ピタリと青年が止まる。
「あの、貴方のお名前は何といいますか?」
「え、華束と申しますが…もしやお怪我でもなさいましたか??」
やばい。やってしまったか。青年はポロポロと涙を流し始める。…いよいよやってしまったらしい。
青年は、驚いている俺の表情を見て慌てて否定してくる。
「あ、すみません。なんとも無いので…。」
いやいや…なんかあっただろ…。
「いえ、今はなくても、何かあればご連絡下さい。」
俺は内ポケットから手帳を取り出すと電話番号と名前を書いて青年に渡す。
荷物を拾い終わり青年と立ち上がる。
「ありがとうございました…。あの、香水にご興味はありますか?」
いきなり何を言い出すんだろう。
「申し訳ない、香水はよくわからなくて。」
困ったように笑いながら言うと、青年は少ししょんぼりした様子だった。

「あの、よければこれを。親切にして頂いたお礼です。今これしかなくて。」
青年が渡してきたのは、近くの博物館のパンフレットとチケットだった。

「香水展をやってるんです。良かったらいらして下さい。」
パンフレットには、調香師の歴史と書かれている。興味は無いが雑学として知っていても良さそうだ。
「ありがとう。休みの日に行ってみます。」
俺の反応をジッと見つめていた青年は、にこりと笑う。
「はい。是非!」
そんなやり取りをした後、俺はパンフレットを見ながら駅に向かって歩き出す。
「香水の帝王、フランソワ・コティ…19世紀か。女性の調香師が頂点か。すごいな。」
パンフレットには調香についての歴史や香水の種類についての概要が載っている。
「こういうの見ると調べたくなるんだよな。」
スマホを取り出して香水について調べる。便利な世の中だ。
「へぇ…香水って奥が深いんだな…っ…ん?」
突然、フッと足し場が無くなって浮遊感が身体を襲う。
「へ?は?」
そのままその穴に、ズォオッと吸い込まれるように落ちていく。
「わぁぁあ!?」
なんだ!?マンホールでも開いてたのか!?
どこまでも落ちていく。ごぉぉっと耳の横で風が鳴る。

深ッこれ死ぬやつだ…っ
ぎゅっと目を閉じる。

やばい!マジで死ぬ!!!

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