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1枚の器が拡げてくれた世界

人にはそれぞれ、『価値観』という抽象的な基準がそなわっていて、それは変えられるものと変えられないものがある。
そして面白いことに、変えられないものは、複数の偶然が重なったときに突如として変わってしまうことがある。
今日は、そんなお話。

去年から、『伝統工芸』に興味をもつようになった。
全てのきっかけは、ある器屋さんとの出会い。

70代のおばあさんがセレクトした器たちがきれいに並べられている、ひっそりと住宅街に佇むお店だ。
並んでいる器は、柄ものや個性的な形の器は少なく、デイリー使いできそうなシンプルなものばかり。

でも、よく見るとそれぞれ雰囲気が違う。同じ黒色でも艶っぽかったり、マットだったり。手触りもザラザラしていたりつるつるしていたり。かたちも。

作家が違うと、ここまで違うの...?とはじめてみる感覚に、戸惑いながら直感で良さそうな器を手に取ってみた。

手のひらサイズにもならない大きさの器で、1枚3,000円。
私にとっては、とても高価な買いものになった。

1枚の器で、生活が変わった

今まで100均でしか器を買ったことがなかった私が、はじめて「ちゃんとした器」を家にお迎えした。

その日はとにかく、嬉しかった。色と手触りが気に入って、しばらくニヤニヤと眺めて写真撮影をしてからすぐに使い始めた。

すると、楽しい変化が起こった。

まず、一番の変化は、『器のことを考えて生活するようになった』ということ。
ケーキを買えば、あの器にのせようと想像する。ご飯を作っている間に、この器に合うかと考える。お店に行くと、器をみてしまう。旅行にいくと、産地を巡り、器を買う。
生活の中で、いきなり器の存在が大きくなったのだ。食事をするのもダントツに楽しくなった。

そして、二番目の変化は、『大切に使うようになった』こと。
高いから、気に入っているから、割れないように気を付けて扱うようになる。いつもは無造作に流し場のところに置いていたものを、この器だと置きっぱなしにしないですぐに洗うようになる。食器棚に入れてもガチャガチャしない。そっと丁寧に扱うようになった。

今までの私が持っていた価値観では想像できなかった変化に新鮮さを感じたと同時に、この気持ちを大事にしていこうと尊い気持ちになった。

それから、陶芸家さんとの出会いが増えるようになり、自分も陶芸をはじめる中で、器が生活に占める割合がだんだんと大きくなってきた。

本当の欲は、「自然とつながりたい」ということ

器は、大きく「陶器」と「磁器」に分けられる。
原材料が違っていて、陶器は土もの、磁器は石ものだが、どちらも自然のものからつくられている。
個人的には特に陶器が好きで、触ると土のあたたかみを感じる。

日本では全国各地で陶器がつくられていて、有名なところだと有田焼や益子焼などある。wikipediaによると全部で160種類もの産地がある!
(今回調べてみて、知らない産地がたくさんあって驚きました)
それぞれの産地で、その土地の材料をつかって伝統的な技法で作られ続けてきた器は、その土地の歴史が詰まっているのではないかと私は思う。

また、さらに面白いのは、器で使われる粘土は火山が噴火してできた花崗岩(かこうがん)でつくられている。これは、粘土として使えるようになるまで、数万年から長いもので350万年かかるとも言われているのでとても貴重な材料。そして、壊れたらまた土に還るという、自然の循環の中にあるひとつの産物だと言える。

この話を聞いて、
私がはじめて土ものの器に触れたときに、懐かしさやあたたかさを感じて引き込まれたのは、もともと人間に備わっている『自然とつながりたい』という感覚が呼び覚まされたからなのかな、と思った。

東京で暮らしていると、ビル群ばかりに囲まれていてなかなか自然を感じることができないでいる。どうにも、こういう状態が続いていくと心の平穏が保てなくなるということがだんだん分かってきた。
それを自分で分かっていたからこそ、自然とつながるものに触れることで自分を取り戻す本能的な感覚を養っているのではないか、と思った。

無印のデザイナーである深澤直人さんの言葉で気に入っているフレーズがある。

受け手にもセンサーがある。
いいものをいいと感じられる、人間の感覚として備わっているセンサーがあるから、作り手とのコミュニケーションが成立するのだ。
(深澤直人さんの言葉より引用)

人間はもともと、自然と共生して暮らしていた。自然の恵みに感謝し、与えられながら生き抜いてきたのだが、今はそれが見えにくい時代になってきてしまっているのではないだろうか。

だからこそ、いいものを見た時に自分の中にあるセンサーが働いて無意識のうちに自然とつながろうとする。自然に内包されたいという気持ちが芽生える。
ものづくりの原点はここにあるのではないか、と思った。

***

1枚の器から受けた恩恵はとても大きいものだった。
感謝の気持ちとともに、今年は、noteで伝統工芸の魅力を知ってもらえるような記事を書いていきたいと思っている。

そのためにはまず、自分が魅力を再認識すること。
ものづくりとは何か?いいものってなに?についての問いをもっと深めていきたいと思います。

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