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いろんな考えに触れるという話


こんにちは!あいでんです。

always LUNCH を始めてから茶碗蒸しを食べれるようになった。これまでも別に味が苦手だったわけではない。ただの食わず嫌いだ。

いざ食べてみると美味しいことに気づく。こういう小さなチャレンジができるのも always LUNCH をやってるからこそだと感じる今日この頃。

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満天じょう家 にて


▷最近本を読んでないけど…


最近あまり本を読まなくなっている。

全然忙しいとかではない。目の前のやらないといけないことやその他の夢中なことに時間を割いているうちに本を読むための時間を意図的に作れなくなっているからだ。

そのことに対して結構な危機感を感じている。


本を読んでないので勉強ができてないとかインプットが足りてないとかそういうわけではない。もちろんそういう側面もあるけど。

それよりも(結果的ではあるが)自分の世界に閉じこもってしまっていることが問題なのである(コロナは悲しいかな無関係だろう)。

大学生生活のほとんどが終了している最近は外出自体はしているものの仕事関係の人間か、もしくは親しい間柄の人としか顔を合わせないようになった。強い紐帯の人としか会わなくなったのだ。


弱い紐帯理論で多くの人がご存知の通り、新規性の高い価値ある情報は、友人や職場の仲間といった強い紐帯の人よりも、初対面の人やちょっとした知り合いなど弱い紐帯の人からもたらされる可能性が高いとされる。

だから程よく弱い紐帯の人とコンスタントに会える環境だった学生時期と比べると(今もギリ学生時期だし、社会人じゃないけど)、社会人になったというだけでそういう機会が減ってしまうのだと感じている。

もちろん私の人見知りやインドアな部分が原因の可能性もあるのだけれど。それを差し引きしても社会人になると学生の時ほどフランクにはいかないだろう。

そうなるどだんだん世界が狭まり、自分の世界に閉じこもるようになり、成長が止まってしまう。そうなるとますます時代に取り残されてしまう。


▷本を読むということは…


新規性の高い価値ある情報かどうかはいったん置いといて、多様な価値観に触れるという意味において人とあることはとても重要だと思う。

そしてそれは人に限った話ではなく、町や国でもそうだし、文化でもそうだし、誰かが作った芸術でも同じことがいえるのだと思う。


それらは全て「いろんな考えに触れる」ということだと思う。


いろんな人の考えに触れることで自分の考えに影響を及ぼすし、自分の感情的部分にも影響を及ぼす。それによって視野を広げていくのだ。

「本を読む」という行為はをのプロセスを一番手っ取り早くできる手段なのだと思う。なんなら過去の偉人たちの考えにも触れられるしね。

最近は名著と呼ばれる本に手を出し始めてみたけどなかなかどうして面白い。私から見れば随分昔の人なのに、言っていることは今の世の中で言われていることと相違ない。やっぱりすごい賢いんだなあと実感する。


それに最近気づいたことだけど、私は自分の世界に閉じこもる時間がどうしても欲しいらしい。ブログを書いている時間はもちろんその時間なのだけれど、アウトプット側の時間なのでインプット側の時間も欲しいところ。

なんとか時間を確保したいなあと感じる今日この頃である。

それでは、また次回!


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