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Episode2 名古屋の旅-有松-

常滑から電車を乗り継いで、1時間ほどで有松へ着く。
常滑を15時過ぎに出発していたので、有松へ着いたのは16時過ぎ。ほとんど散策はできないが、それでもせっかく来たので有松の町を巡ってみたい。駅を降りるとすぐに東海道の古い有松の町並みが続いていた。

絞りの町「有松」は江戸時代初め、尾張藩が竹田庄九郎を御用商人に取り立てたことから始まった。東海道を通る旅人たちの土産物として、絞りの手ぬぐいや浴衣などが作られるようになったことが始まりだ。今でも日本の絞り染めの90%以上鳴海・有松の絞りだそうだ。
この町並みも保存地区として認定されており、「東海道中膝栗毛」にも描かれている歴史ある町並みだ。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような、黒壁の古い家が連なっている。

柳と黒壁の屋敷が並ぶ有松。
「井桁屋」さんの藍の絞り染めの反物。
有松と書かれた提灯。風情がある。

有松の町には古い黒壁の家々の中に藍染めの「ありまつ」という文字が染められた暖簾があちこちに飾られていてとてもよく映える。
平日の夕方ということもあり観光客はまばらで静かな趣のある町並みが続いている。
まずは、井桁屋さんという大きな染物のお店に入ってみた。
店内は絞り染めの反物や商品がところ狭しと並んでいる。奥の座敷にはひときわ美しい藍染めの反物が並んでいる。お願いして写真を撮影させて頂いた。
「これが、絞り?」と思うような複雑な絞りの反物。どうやって絞ったらこのような美しい模様が生まれるのだろう。私たちが思い描く「絞り」とは全く違う。
植物のような模様、麻模様、六角形の中にはそれぞれに違う絞り方で絞られた模様が美しく配置されている模様など、絞りといっても様々な種類がある。
「くくる」「ぬう」「たたむ」という単純な3つの行為によって、100種類以上の技法があるという。それらは江戸時代に考案されたそうだ。
藍と白地だけでここまで複雑な模様のバリエーションがあるとは。現在は、藍染めのものは少しで、化学染料で染められた色鮮やかな絞り染めも多いが、江戸時代は藍一色だったに違いない。だからこそ、ここまで多くの絞りの種類が生まれたのかもしれない。

17時には多くの施設が閉まってしまうので、とりあえず行きたかった「鳴海・有松絞会館」へ向かう。一階は絞りの商品が並んでいる。二階では絞り実演がされているというので受付で声をかけて、実演を見せて頂くことになった。
二人の女性が絞りの実演をされてる。他にお客はおらず、一人で贅沢にお話を伺いながら実演を見せて頂いた。

「くくり」の技法。すごい速さで絞っていく。
「くくり」の技法を実演する職人さん。
絞りの粒がみっちりと並ぶ。

職人さんは「くくり」という技法の実演を行なっていた。竹や木製の台に針が刺さっている道具を使いながら、すごいスピードで布をつまみ糸で巻いている。この道具も特殊なもので、技法によって使う道具も違ってくるそう。L字型の台は座布団を敷き、その上に職人が座る。職人はほとんど女性で、女性の力でも強く巻けるような道具のようだ。
解説しながら手際よく絞っていく。スローモーションでないとよくわからないくらいの速さで、針に布を刺し、片手で布を寄りながら、糸を数回巻きつけ、2回ほどくくっていく。一つ絞るのに数秒しかかからない。それを永遠と繰り返していく。

絞りの粒は斜めに並んでいたので、どうして斜めに絞っていくのか聞いてみた。
斜めに絞っていくと、バイヤスになっていて布が伸びる。そして均等な大きさで、ひし形の形になる。斜めでないと、絞りはバラバラの大きさや形になってしまうそうだ。なるほど!それは初めて知った。そういう意味だったのかと妙に納得してしまった。また、絞る印として、布に美しく並んだ点々はツユクサで染めているという。

絞りは女性の内職仕事であり、基本的には女性の仕事。しかし、今は職人のなり手が少なく高齢化しているそうだ。また道具の店もどんどん廃業しているという。どこの産地でもそういった話は必ず聞くことで、それを聞くたびになんだか寂しい気持ちになってしまう。

職人さんのうちの一人が「私なんてまだまだ若い方なんですよ〜。」という。90代の職人さんがたくさんいるという。まだまだ現役なのだそうだ。90歳を超えても現役の職人なんてかっこいいなあとつくづく思う。
「昔は服地もたくさん染めたんですよ。」と素敵なカバンを見せてくれた。斜めに絞られた布地を紫色と黄色で斜めに染められている。なんだか斬新な色合い。
そういった会話の中で、自分たちの仕事に誇りを持っているのが伝わってくる。
絞り染めは、有松の女性達の生きがいと誇りになっているのだ。そんな風に感じてなんだか嬉しく思った。

黄色と紫色の斬新な色合いのカバン。

「そろそろ終わりだから帰るわね。ゆっくり見ていってね。」と言われて、閉館まで少しの間、資料館の展示をみる。

様々な絞りの技法。
絞りの特殊な道具。
台は竹や木材でできている。
「蜘蛛入り柳」という技法。
「嵐絞り」の巨大な木材の道具。
絞りの生地と開いたところ。
資料館の展示。
古い絞りの生地。
様々な技法と浴衣が並ぶ。

職人さんの生の話が聴けて、やっぱり実際にここまで来てよかったなと思いながら、まだ暑さの残る夕方の有松の町を散策することにした。
17時を過ぎてお店も閉まり、静まり返った有松の町並み。
先ほどまでいた観光客は姿を消し、学校帰りの子どもや自転車に乗った親子など地元の人が少しだけいる程度。古い町並みの残る大通りを歩いてみる。
「蔵」や「うだつ」二階には「虫籠窓」のある立派なお屋敷が多く並んでいる。ガイドマップによれば絞問屋の建築群だそうだ。あとは「山車」の倉庫などもある。秋には盛大な絞り祭りもあるらしい。
「お祭りの時期はこの静かな界隈も賑やかになるんだろうなぁ。行ってみたいなぁ。」と思いを馳せながら歩く。次は、もう少し早く来て、カフェやお店巡りや絞り体験もしてみたい。でも、この静かな江戸の情緒の残る有松の町も風情があっていいなと思う。日帰りで二つの町を巡り、身体は疲労感でいっぱいだが、心はなんだか満たされているそんな浮遊感のなか、名古屋へ向かった。

灯篭のある風景は江戸時代のまま。
うだつのある屋敷。
店先の暖簾も絞り染め。
路地裏に入ると更にタイムスリップしたような感覚になる。
何気なくベンチに敷いている布も絞り染め。
蔵やうだつのある趣気ある絞問屋が並ぶ。

実際にここまで来てよかったと思う。来なければ肌でこの二つの町を感じることはできなかった。勝手なイメージのままで私の中に漠然と存在するだけだったと思う。でも、今は違う。古き良き工芸の町は、現代も脈々と昔からの技法を受け継ぎながら、新しいものづくりを模索し、生きる人々がいた。きっと、日本中にこういう町が無数にあるのだ。そしてその町の数だけ、人々の暮らしがある。それをリアルに感じることが出来る「工芸の旅」をこれからも続けたい。いや、続けていこう。旅は始まったばかりなのだ。
新幹線に乗る込む前に名古屋名物、みそカツや手羽先、名古屋コーチンの焼き鳥を食べて一杯ひっかけた。甘辛い名古屋の味が身体に染み渡る。
そうして、名古屋-常滑・有松-の旅は幕を閉じたのだった。

名古屋名物を食す。

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