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【読書感想文】『サハラ物語』

三十年以上前に読んだ『サハラ物語』が増補改題されて出版されたことを新聞広告で知って、『サハラ物語』のことを思い出した。

(以下ネタバレあり)
『サハラ物語』は、台湾の女流作家・三毛サンマオが夫ホセと共に西サハラで暮らした三年間の日々を綴ったものだ。

この本に収められた数々の逸話の中で、現地の純朴な青年シャロンの話が、本を読んで三十年以上経った今も印象に残っている。
何故ならシャロンの話は創作のようで到底実話とは思えなかったからだ。

シャロンは悪女シャイダに騙されて正気を失ってしまう。
彼は商用で赴いたアルジェリアでシャイダと出会い、多額の結納金を納めて結婚し、共に三日間過ごした後、騙されて一人サハラに戻った。
シャイダの虜になった彼は、大金を送金すれば彼女がサハラに来るという言葉を信じてひたすら働くようになる。

三毛がシャロンから見せられたシャイダの写真によれば、「若くはない顔に厚化粧を施し、うす緑の超ミニ姿でひどく高い黄色のハイヒールを履き、安物の首飾りをゴテゴテ掛け、ピカピカのビニールのハンドバッグを持った(本文から要約して抜粋)」シャイダのために、シャロンは働き続けて疲れ果て廃人同様になった末、働いていた店のお金を持ち逃げしてしまった。

お尋ね者となったシャロンのことを、三毛とホセは夜 羽虫が群がるランプを見ながら語り合い、三毛はこう言って会話を終えた。
「蛾が火の中に飛び込む時は、きっとこのうえなく幸福なんでしょうね」

三毛のこの一言が私には魔法の呪文のように響いた。
痛々しくて哀れな青年の実話を読んだ後味の悪さがこの一言で消えてしまい、この話が砂漠に伝わるお伽話のように思えてくる。

結局のところ、私はこの話を実話だと思いたくないのだ。

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