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第十一話 何があっても、家族は家族のままだった

この記事はシリーズものです。
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忘れられない母の笑顔がある。

僕が判決を言い渡された日のことだ。

あの日、僕は懲役一年十ヶ月となった。

もう決定だった。

初犯だったけれど、執行猶予はつかなかった。

刑務所ってどんなところなんだろう。

そんなところに入っちゃったら、もう社会復帰できないんじゃないだろうか。

これから、どう生きていけばいい?

椅子から立ち上がると、腰ひもと手錠をかけられた。

僕はそれを儀式と呼んでいた。

退廷するときに必ずやる、儀式。

そんな儀式を受けている自分の姿を、母に見せたくなかった。

でも、もう遅すぎた。

何度も、何度も、僕は自分が儀式を受ける姿を母に見せていた。

母はどんな気持ちでそれを見ていたのだろう。

未だに聞いたことはないけれど、わざわざ聞くまでもないのかもしれない。

あのときの、母の笑顔がすべてを物語っていたからだ。

「よし、行くぞ」

一緒に裁判所に来ていた看守から声をかけられて、僕は法廷から出ようとしていた。

母とはまた、しばらく会えなくなる。

顔を見ておこう。

僕は馬鹿で情けない姿を母に晒しながら、振り返ってその姿を探した。

母はすぐに見つかった。

目が合った瞬間、まっすぐ僕の目を見て笑った。

裁判を傍聴していた人たちが、母の顔を見ているのに。

一ミリも迷いなく、母は笑った。

「しっかり、勤めてきなさい」

そう言われた気がした。

僕は天を仰ぎ、ぶわっと溢れてきた涙が流れ落ちないように堪えた。

―― 母さん、そんなふうに笑ったら、俺の母親だって周りにバレるじゃないか。帰りに母さんの身に何か起きたら、どうするんだよ。

そう思った瞬間、もう泣くのを我慢できなくなった。

そのあいだもずっと母は、笑顔だった。

僕の姿が見えなくなるまで、笑顔が崩れることはなかった。

この話には続きがある。

出所してから用事があって美紀に会ったとき、母のことを聞いた。

美紀は何度か僕の裁判を傍聴したことがある。

その帰り道、僕の母が出入り口に立って彼女を待っていたことがあったそうだ。

「あの子の友だちですよね」

母はそう言いながら美紀に近寄り、彼女がそうですと答えたのを聞くと、突然泣き出して深々と頭を下げながらこう言ったという。

「あの子のことを、どうか見捨てないでやってください」

美紀はつられて泣いてしまったと言っていた。

僕も彼女からその話を聞いたとき、つられて泣いてしまった。

そして今も、思い出すだけでやっぱり泣いてしまう。

僕がとんでもないことをしでかそうと、僕の母は母のままでいてくれたし、僕の家族は家族のままでいてくれた。

だからってわけじゃないけれど、ずっと大事にしていきたいと思っている。

いつも僕の近くにいてくれる大切な人のことを、もっともっと大事にしていきたいと思うのだ。

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