永田圭子

3人の希少疾患・重度知的障害の息子と、離れて暮らす大学生の息子と、結婚22年にして温厚…

永田圭子

3人の希少疾患・重度知的障害の息子と、離れて暮らす大学生の息子と、結婚22年にして温厚に子育てに参加中の旦那と暮らしてきた22年。何の情報も役に立たない珍しい子育て経験を発信していくことで誰かのヒントに繋がれば嬉しいと、エピソードを発信していきます。

最近の記事

歯を食いしばって抱きしめる

息子たちには重度知的障害がある きょうだいが部活活動に参加するというと とんでもなく大変だった どうしてもサッカーがしたかった小3の息子 悩んでいた私は先輩ママに相談した すると 今しかないんだからやらせたらいいよ! あっという間に大きくなっていくんだから! いや、でも、兄と弟は障害があるし 当番とかできないかもだし、 ママたちとうまくやっていけるかな? 送り迎えは? 試合中とか試合見れないし〔兄弟は全然待てないから〕 でも、でもでいっぱいだった私に なんとかな

    • ぼくをみて!ねぇわかってよ!

      息子たちには重度知的障害がる 息子が4歳のとき  多動が激しく手を常に捕まえていた 食べないし寝ないし心配はつきなかった 初めての子育てな上に理解不能な息子の行動に疲弊していた そんなある日 本屋さんの店頭にあった絵本をみて 私は人目を憚らず泣き崩れた その本には ねぇ お母さん  どうしていつもそんな悲しい顔してるの? ねぇ お母さん どうしていつも心配ばかりしてるの? ねぇ お母さん どうして僕を見ないの? ねぇお母さん お母さんの笑った顔がみたいよ

      • 《嫌だなきついな》を長引かせないは誰にでも大切

        我が家には重度知的障害を持った息子たちがいる 息子たちを育てていく中で大切にしていることはこころの安定 負の気持ちが長く続くと 嫌な気持ちに心も身体も支配されてしまう いつもできることができなくなってしまう 誰もわかってくれない 気持ちの整理が難しい 解決できないとなると あっという間に自傷他傷に繋がっていく 子どもが発信したときは すでにたくさんの想いを抱えているだろうから嫌な気持ちを長引かせないようにすることを 大切にしている その方法は 事実を確認(状況

        • それでも私はあなたたちを応援したい パニックが渋滞した日

          我が家には重度知的障害の息子たちがいる 小学2年生のたく 高校2年のよし 22歳のはる 息子たちは言葉を話さない 伝える表現が難しい息子たちは パニックになり取り乱すことがある パニックが起きたときは ひとつずつ解決していけば あなたの心も楽になるから と、心を尽くす それは夕方だった 一足早く帰ってきているはるが 弟たちが帰ってくるのを今か今かと家の中を 行ったり来たりしはじめ徐々に興奮していく 弟たちが帰ってくると興奮MAX 私の声は届かない そんな中弟

        歯を食いしばって抱きしめる

          自分が知らないところで差別されてでも応援されて結果嬉しかった話

          息子たちは重度知的障害がある 長男が保育園在園最後の年にくじで 保護者会会長を引いて1年 それなりに楽しく盛り上げて終えた そんなある日の職員室 《総会、無事に終わりましたか?》 先生方は顔を見合わせて何か言いたげ 《何か問題でも?》 先生方話しにくそう 何かわからないけど とりあえずお礼しとこう 《先生方と保護者のみなさんのおかげで 1年楽しかったです。いい経験をさせていただきありがとうございました》 そう言った途端空気が変わった 《そうよねー!そういう

          自分が知らないところで差別されてでも応援されて結果嬉しかった話

          子どもの人生を豊かにするために

          我が家の息子たちは重度知的障害がある 彼らは健常に産まれてきた人よりできないことが多い だからこそ彼らの人生をより豊かにするために必要なことを考え抜いたことがある ありがとうの感謝の気持ちをもてること 素直でいること プライドが高かった若かりし私 息子たちを育てていく中で 支援してくれる人たちに してもらって当たり前 だってそれが仕事でしょ? プロなんでしょ? なんて思っていた 先生や支援者とうまくいかなかったことが多かった だが、彼らに私がしてあげられるのは

          子どもの人生を豊かにするために

          パジャマで登校した日

          我が家の息子たちは重度知的障害があります 長男が入学した小学校は制服がありました 入学して1週間が過ぎたある朝 どんなに着替えていこうといっても 全力で嫌がる 促す程に拒否が強くなり パニックになる息子を前になす術がなかった きっとね、毎日新しいことだらけで くたくたなんだよね わかってる わかってはいるけど さぁ、どうやって着替えさせる? 私の方がパニックになりそう 《わかった!じゃあ今日はこのままいこいか?》と息子に提案 快諾!! いいんかーい!とつっこみ

          パジャマで登校した日

          うたの力をかりて楽しいを感じる日 その2

          息子たちには、重度知的障害がある ことばを話すことはできない 我が家では全力で楽しむカラオケ会がある 息子たちは話すことはできないが うたは大好き 楽しい場がもっと大好き しかし! 大好きと楽しむが繋がるには 結構なハードルがある カラオケが楽しみできたくせに 部屋に入って始めるまでに 入りたくない ドキドキする やっぱり帰る と、座り込むし立ち止まるしで かなりてんやわんやする 楽しむことに全力で望まないと あっという間にしらけてしまう 見透かされたように

          うたの力をかりて楽しいを感じる日 その2

          旦那が入院したらオロオロしないが一緒に歳を重ねていこうと思う

          旦那が入院した 20年前に入院したときは 頭が真っ白になってオロオロした 20年経った今 旦那が入院してもオロオロしない 家のことや子どもたちのことは どうやってでも上手く回せていける しっかり度が増したことは否めない 1週間あなたがいない我が家は とっても静か だれも騒がない みんなボーっとしている そんな息子たちの心の成長に喜びながらも 全く日常がスムーズにすすまない!! あー、20年のあなたとの歳月は 悔しくて大変だったことも多かったけど あなたがい

          旦那が入院したらオロオロしないが一緒に歳を重ねていこうと思う

          みんなと違うと視線が気になるの

          息子たちは重度知的障害がある 一緒に出かけるとたくさんの視線が集まることは、日常茶飯事 周りの目より〈息子たちの今〉を優先してきた 周りの目を気にし過ぎて痛い目にあった過去があるからか そんな私のある日のこと 病院の駐車場 お父さんらしき人が 身体に麻痺があるらしい女の人を抱えて 車に向かっている お母さんらしき人が車のドアを開けに走る 向かった先は我が家の車のお隣 車の外にいた私は 《そうだよねぇ。大きくなったらお父さんの協力いるよねぇ。》なんて思っていた

          みんなと違うと視線が気になるの

          保育園最後の運動会マーチングは涙があふれた

          息子たちには重度知的障害がある 長男が保育園での最初で最後の運動会でのこと この保育園では、 最終学年がマーチングをするのが恒例 重度知的障害がある息子は 参加は難しいだろうなと覚悟をしていた 覚悟していたのに あの日、私はマーチングに 補助の先生なしで しっかり参加している姿を 涙で見えないほど泣いて見ていた 息子が保育園に入園するとき、園長先生に 何を1番望むかと問われた 迷って迷って絞り出した答え 《何にでも参加させて欲しいです。 諦めないで頑張れること

          保育園最後の運動会マーチングは涙があふれた

          あなたの心の声を聞こうとする人はきっといるから あきらめないで

          息子たちには重度知的障害がある 彼らは話すことはできないが 彼らの心にある声を伝えていくことが 大切だと教えてきた あなたはどうしたい?と 聞き続けることで 心の声に気づいて欲しかった 私が全て選んで与えることもできたが 彼らの意思を引き出したかった 彼らに自分で選ぶことを諦めてほしくなかった 食べたいもの 着たい服 行きたい場所 遊びたいもの 今の気持ち もちろん彼らの全ては到底わからない それでも何か方法があるはずと 試行錯誤してきた 指差し ジェ

          あなたの心の声を聞こうとする人はきっといるから あきらめないで

          息子との外出先でのトイレでの戦いは負けるわけにはいかない

          息子は重度知的障害がある 外出先でのトイレは毎回負けられない戦いがある チャイルドシートにはもう大きくて座れない でも外では待てないので、一緒に入る ここからは時間との勝負!! 《ちょっと待っててね!》 息子頷き大人しくしている そう、ここまでは、大丈夫👌 と、思いきや 《あ!ボタン〈緊急用〉押さないで!》 早押しゲームのように息子の手より先に阻止 ボタンがあれば押したいらしい ほっとしたのも束の間 水を流すと、すかさず鍵を開けようとする 《まだってば

          息子との外出先でのトイレでの戦いは負けるわけにはいかない

          アップデートしたら母を受け入れられた

          私の母はとっても自由人 なんでも白黒つけたがるし 他人の批判でコミュニケーションとるし 正しいと思ってることを強要するし 場の空気読まず発言して凍らせるし こちらの気持ちくみきれないし あー、なんで気付いてあげられなかったんだろう 子どもたちを育てていく中で気づいた あんなに苦しくて振り回されてばかりだったが 私を大事にした付き合い方ができるようになった今は、母の優しさや温かさに気づけた これには自分でも驚きを隠せない それどころか、母を受けいれたら 私の言葉選び

          アップデートしたら母を受け入れられた

          手の温かさは心も身体もほぐしてくれる

          息子たちには重度知的障害がある 日中伝えたいのに伝わらないジレンマや 癇癪やパニックで緊張している 身体はこわばっている そんな時は寝る前にゆっくり手当てマッサージ 大学生の息子も中高生の頃は部活から帰ってきたら手当てマッサージ 旦那も心や身体がくたびれたら手当てマッサージ 私が疲れていると 誰かしらやってきて手当てマッサージ くたくたの心や身体を少しでもほぐしてあげたくてはじめたことが 自分にかえってきたとき 伝えたい想いが伝わってることに感動 ありがとう😊

          手の温かさは心も身体もほぐしてくれる

          褒めてるつもりでいて全く伝わっていなかったあの日

          知的障害のある長男の2歳下の弟の話 全く訳がわからない多動の知的障害の長男は とにかく目も手も離せなかった 兄にばかり目がいってはいけないと ことあるごとに褒めていた そんなある日 学校から呼び出し 《お母さん、98点のテストを学校の木の下に埋めていました。 彼にどうしてそんなことをしたのかと聞いたら、お母さんに怒られるからと言ってました》 えー!?何点でも、よく頑張ったねしか言った覚えないんですけど!?と、面食らった 褒めているつもりが伝わっていなかったことに愕

          褒めてるつもりでいて全く伝わっていなかったあの日