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夏が過ぎ 〜シンガポール・前編〜

常夏とされるシンガポールで、「夏が過ぎ」というのは違うのかもしれない。

今から10年くらい前の話だ。その日は、マレーシアで仕事を終えて、落ち着くこともなく、予め手配してもらっていたシンガポール チャンギ空港までの送迎車に急いで乗った。マレーシアやシンガポールは、ザーっと雨が降ることもあってムワッとした暑さだった。でもマレーシアの午後の空は爽快な青空で、少し開いた車の窓から入ってくる風が心地よかった。艶のある深緑のジャングルに引かれた道路を車が走り抜け、シンガポールに入った。あの有名なマーライオンはまだライトアップされていない時間だったが、金曜日の夕方のラッシュアワーで、交通量が増えていたこともあってか、いつもより車の動きも悪く、少し時間がかかってしまっていた。

私は、シンガポールから、その頃に住んでいた香港へ向かう夜のフライトに搭乗しようとしていた。マレーシアへは頻繁に出張に行っていたので、マレーシアからシンガポールを経由して、香港へ帰るというのは、いつも通りの通い慣れたルートと言っても過言ではなかった。一方、いつも以上に疲れていて、自分のベッドですぐにでも横になりたい気持ちから、瞼もほぼ閉じて薄目の状態で、まるで歩きながら寝ているかのようだったかもしれない。

言い訳ではあるが、そんなこんなでオンラインでのチェックインをすることもなく、とりあえず空港に到着していた。それまでの私は、オンラインチェックインは、余力があればやっておくものくらいに考えていて、そんな自分の甘さをこの後で悔やむことになろうとは、予想すらしていなかった。時間的には、決して余裕はないものの、カウンターでチェックインをするのに何ら問題はないでしょうくらいのタイミングだった。何の疑いもなく、いつも通り、チェックインカウンターで荷物を預けると、鈍い音を少し立ててベルトコンベアが動いた。

直後チェックインカウンターの航空会社の人の様子が、いつもと違うことに気がついた。明らかに何かあった様子なのだ。心の中で、何?早くしてよと呟く。

待たされた後、私を含めた数名に対し「オーバーブッキングのため、お客様は、こちらの香港行きのフライトには搭乗できません」と説明があった。人生初のオーバーブッキングというやつだった。えっ? 正直なところ、その日はいつになく帰りたいという気持ちが強く、心の余裕がなかったこともあり、現実を受け止められなかった。交渉をしたが、無理なものは無理なようで、全く無意味だった。結果として、既に力尽きている中で、余計なことにエネルギーを使い果たしてしまうだけとなってしまった。

航空会社より、こういったことはどこの航空会社でも起こりうること、翌日の早朝に出発のフライトへ変更になるとのこと、シンガポール市内のホテル代、その晩と翌朝のホテルと空港の行き来の送り迎えの車は、彼らが手配してくれること、その他の諸経費とお詫びとしてその場でいくらか現金で支払いをしてくれることも説明があった。後から冷静になって考えると、条件は悪くなかった。と言うのも、さっさと航空会社の案内の通りにホテルへ移動できるのなら、まだよかったはずだった。

あれっ大変!荷物が先に行ってしまっている!? 気がついた時にはもう遅かった。チェックインカウンターからは、重ねてお詫びの言葉こそあったが、私にはあっさりとしているように思えた。預けたスーツケースの中には、仕事で使うものも入っていたので、早く取り戻さなければという不安と焦りから汗が出た。近くに腰をかけれるところがあり、そこで座って待っていてほしいと航空会社から話があった。そこに座り、仕事のメールをチェックしたりしながら、時間を過ごしたが、待てど暮らせど、チェックインカウンターから呼ばれることはなく、当然荷物を誰かが持って来てくれることもなかった。再度チェックインカウンターに行き、あとどれくらい待つ必要があるのか尋ねたが、わからない様子だった。

しばらくすると、空港内の少し離れた到着口付近の手荷物を管理している所に、自ら行くように案内された。外を見ると、もうすっかり暗くなっていた。どうやら、そこは、持ち主不明の荷物などが置かれているようなエリアだった。もしかしたら、どこの空港にもあるのかもしれないのだが、私には空港の裏の顔のように見えて、普段足を踏み入れるような所ではなかったこともあり、更に不安になった。そこでも、警備のようなユニフォームを着た中年の男性に、オーバーブッキングで搭乗できず、荷物だけが、預け荷物としてチェックインされてしまったため、取り戻しに来たと説明をした。そのエリアの中に入れてもらうと、また待たされることとなった。まさにたらい回し、という感じになってしまっていることに気がつくと、途方に暮れた。さすがに、生温い涙が頬を伝ったが、恥ずかしさと、まだ取り戻すまでは泣いてられるかという気持ちで、涙を拭った。しばらく、放心状態になっていたかもしれない。

「ほら、あんたの戻ってきたよーこれでしょ!」と先程の警備のようなユニフォームを着た中年の男性が、私の方へやってきた。彼の手元には見覚えのある私のスーツケースがあるではないか。よかった!!無事生きてたのね、と言いたいくらいの再会となった。

つづく

後編はこちら

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いつかこの「地球人のおもてなし」がNetflixでドラマ化されたらいいなと夢みながら😴💫

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