書評:椋寛『自由貿易はなぜ必要なのか』(経セミ2021年2・3月号より)


椋寛[著]
自由貿易はなぜ必要なのか

(有斐閣、2020年7月発売、四六判、274ページ、本体2300円)

評者:市野泰和(いちの・やすかず)
立命館大学経済学部教授

筋の通った明晰な説明で
自由貿易の必要性を理解する

本書のタイトルは、ラッセル・ロバーツ著『寓話で学ぶ経済学――自由貿易はなぜ必要か』(日本経済新聞社、1999年)を思い起こさせる。ロバーツの著書が会話劇仕立ての小説であるのに対し、こちらはデータと近年の学術研究成果にもとづいた端正な解説書である。形態こそ異なるものの、両書とも、人々が何を不安に感じて自由貿易に反対するのかを徹底的に考え、ありうべき誤解を解きつつ、自由貿易への反対意見にも筋道が通っているものがあることを認め、それでも自由貿易のほうが保護貿易よりも望ましいことを粘り強く説得する、という点でよく似ている。ロバーツの著書の和訳が絶版状態の今、本書は、その後継ともいうべき、一般読者に向けた自由貿易支持の啓蒙書である。

本書の表紙のデザインはやわらかで親しみやすい。また、帯には、「『良い』『悪い』の二分法で答えを出さずに自分なりの向き合い方を見つけるために」とあるから、自由貿易賛成・反対のどちらの意見も同じ重みで扱った党派性のない著作のようにも見える。その見た目のおかげで、本書は、経済学は難しそうで敬遠したいが貿易自由化には関心があるという人や、貿易自由化を手放しには支持できないが真っ向から反対する意見にも与することはできないという人にも手に取ってもらえるに違いない。そして、手に取りページを開いてもらえればもうこっちのものだ。著者は、丁寧に自由貿易の利益と保護貿易の問題点を説く。もちろん、自由貿易がつねにすべての人々を豊かにするわけではないこと、自由貿易が損失をもたらしうることも丹念に解説する。しかし、そのうえで、自由貿易がもたらす損失は、貿易を制限する以外のやり方でも軽減できることを論理的に指摘する。筋の通った明晰な説明により、読者は気持ちよく説得され、自由貿易の必要性を理解するとともに、啓発される喜びを味わうことになる。

また、本書は、国際貿易の主要な研究テーマをカバーし、ここ20年ほどの新しい学術的知見を厳選して紹介しているという意味で、硬派な学術書でもある。比較優位と貿易の利益を扱う第1章では、国内制度のありかたが比較優位の源泉となりうることや、貿易の利益のひとつとして低生産性企業から高生産性企業への資源再配分があることを紹介している。貿易赤字そのものが問題とはならないことを述べる第2章では、近年の中間財貿易の増加を指摘し、付加価値貿易の考え方を解説して、続く第3章で生産のフラグメンテーションやグローバル・バリュー・チェーンという概念を示している。第4章では、貿易が雇用や賃金に及ぼす影響についてアメリカや日本での近年の実証研究結果をまとめ、新興国からの輸入や企業の海外進出がつねに雇用を減らし賃金を下げるわけではないことを述べている。第5章ではサービス貿易の自由化と財貿易の自由化の関係について、第6章では貿易自由化に対する人々の選好をアンケートで問うた最近の研究結果を紹介している。そして、第9章では、自由貿易協定に関する近年の理論研究と実証研究の成果を論じている。

これらの新しい知見はすべて、巻末注で参考文献として示されているから、読者はその注を「国際貿易論の現在を知る文献リスト」として使うことができる。それゆえ、本書は、国際貿易の分野で論文を書きたいと思っている学部生や大学院生、国際貿易論に関心のある隣接分野の研究者にも有用である。

『経済セミナー』2021年2・3月号より転載。

目次

序 章 自由貿易の危機
第1章 輸出は「善」で輸入は「悪」?──自由貿易のメリット
第2章 貿易赤字は何を示唆するのか──交易条件の悪化こそが問題
第3章 輸入制限は回り回って自国を苦しめる?──アウトソーシングと中間財貿易
第4章 輸入や企業の海外進出は失業者を増やすのか──グローバル化と雇用問題
第5章 モノよりサービスの貿易の方が重要?──国境を越えるサービス・文化
第6章 自由貿易はなぜ嫌われるか──貿易政策の政治経済学
第7章 バターはなぜ消えたのか──関税のしくみと効果
第8章 保護貿易で新しい産業は育つのか──幼稚産業保護政策
第9章 貿易自由化をいかに進めるか──WTOにおける貿易交渉とFTAの拡大
終 章 自由貿易との向き合い方

椋寛先生ご自身による紹介

→「『自由貿易はなぜ必要なのか』の刊行はなぜ必要なのか」『書斎の窓』2020年9月号



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