ショートショート「初めてのコーヒー」_110

「自分は大人になった」と感じた瞬間は誰にでもあるだろう。

・飛行機を自分で手配した時
・自分で車を購入した時
・大人買いをした時
・初任給で両親にプレゼントをした時
・回転寿司の好みがサーモンからマグロになった時(いや、回らない寿司に行った時か?)などなど。

私の場合は「初めてコーヒーを美味しいと思えた時」が大人になった時だった。

私の両親は朝にパンを食べることが多かった。トーストにジャムを塗って、淹れたてのコーヒーを飲みながら1日を始めていた。
トーストにジャム、目玉焼き、ウインナーは一緒なのに私は飲み物だけが違った。

幼稚園の時は「コーヒーはまだ早いよね」と言われオレンジジュースや牛乳だった。大人の気分を味わいたくてコーヒー牛乳を飲ませてもらったこともある。

小学生との時に一度だけ朝にコーヒーを一緒に飲ませてもらった。
毎日両親が飲んでいるからきっと美味しいんだろうなと思って飲んだら人生で一番苦かった。これが苦いというものなのか。それからは「コーヒー飲みたい」と言わなくなった。

中学生になり反抗期を迎え、両親とも分かり合えないし、両親が好んで飲むコーヒーとも距離をとっていた。

高校生は人並みに過ごし、大学生になり一人暮らしを始めた。
最初は気合を入れて朝ごはんを作っていたが、長続きはせずテキトーにトーストをかじって大学へ行くようになった。

ある日、実家から食材が届いた。
お米、レトルト食品、パスタとパスタソースなどの中にドリップコーヒーが入っていた。

翌朝、いつもは焼かない食パンをトースターで焼き、ジャムをのせ、インスタントコーヒーを入れて飲んだ。

「あ、コーヒー美味しい」そう思った。
まだまだ子どもの自分だけど、大人になった気がした。

他のコーヒーはどんな味がするのだろうとコンビニで買っている時、幼稚園児くらいの子が「ぼくもあれのみたい」と言っていた。
「まだコーヒーは早いかなー」と言って他のジュースを選ばせる親とその子を見て、「きっといつかコーヒーを美味しいと思える日が来るよ」と勝手に背中を押した。


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