ショートショート「朝のえんぴつ」_108

父はいつも言う「神は細部に宿る」。

「明日の学校の準備はできたか」
「歯を磨いたか」
「鉛筆は削ったか」
とにかく細部を気にする人だった。足は臭いけど。

小学生の頃の私は「うるさいな」としか思わなかった。

父は大工でいつも耳に鉛筆をかけていた。
その芯はいつもしっかりととがれていて、小さな私が見るとその芯は光り輝いて見えた。

中学生になり、シャープを持ち始めたため「鉛筆は削ったか」の一言は無くなった。細かく言われるのも面倒なので、父が
「明日」と言ったら「準備できてる」
「歯」と言ったら「磨いた」
「えんぴ」と言ったら「もうシャープ!!」と重ねるように言った。
父は相変わらず鉛筆を耳にかけていた。足も相変わらず臭い。

高校生になり、父が長期入院することになった。
「模試のマークシートは鉛筆の方がしやすい」と進路指導の先生が言っていたので鉛筆を再び使い始めた。
声をかけてくれる人はいないので「鉛筆を削ったよ」と独り言を言っていた。

大学受験の日、父はまだ入院していた。
前日にお見舞いにいくと、自分の体調のことより私の受験のことを心配してくれた。もちろん、持ち物のことも。
「大丈夫。準備はちゃんとするよ。神は細部に宿るんだもんね」と言って病室を後にした。

受験当日の朝。
ご飯を食べて歯を磨いた。
受験票は持った、弁当も持った、財布もスマホも大丈夫。
ふと筆箱を開けると、鉛筆を削り忘れていたことに気づいた。
「神は細部に宿る」と父の声が聞こえた気がした。
鉛筆を削り会場へ。

直前まで緊張していなかったものの、やはり会場に来ると一気に緊張感が襲ってきた。

「それでは試験を始めてください」と試験官が言う。
周囲の受験生が同時に問題用紙をめくる音が聞こえる。
私はふと耳に鉛筆を1本耳にかけ、深呼吸をした。
父が一緒に戦ってくれている気持ちになった。

私の足は臭くないけどね。

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