9月末で本社にいる同僚が退職した。

最近電話で話していてもモチベーションがまったく感じられなくて、仕事楽しいのかなと心配していた矢先のことだった。

同僚のことを便宜上Mとする。

同僚Mとの出会いは唐突なものだった。

コロナ禍直前の2020年2月、ベトナム旧正月休みで日本に一時帰国したときだった。セントレア空港についてプライベート用と一緒に社用携帯をオンにすると知らない番号から着信履歴がたくさんついていることに気がついた。

折り返しかけてみると血相を変えた同僚Mが出た。Mが新しく担当になったグローバルで取引がある顧客のベトナムでの状況について至急確認したいことがあるという要件だった。

その顧客がグローバル企業で連結ではうちをはるかに超える売上の企業であることはぼくも知っていたが、ことベトナム拠点での取引は決して大きいとは言えなかったため、あまり重視していなかったし、定期的にも訪問したりしていなかった。

ぼくがちょうどセントレア空港の到着口で着信に気づいたこともあり、またMも名古屋支店にいたので、休み返上で名古屋市内のコメダで落ち合うことにした。

貴重なお休みなのに呼び出してしまってすみません。。。と平謝りするMとの自己紹介もそこそこに、本題の打ち合わせを済ませた。丁寧な人なんだなあという印象があった。

Mの要件自体はすぐに終わり、Mはオフィスへ、ぼくは元々の行き先だった掛川へ向かった。

掛川には大学の友人がいて、また中国に駐在している友人も同じタイミングで一時帰国しており、久々に気の置けない仲間と旧交を温めた。女の子もいるのに掛川のスナックへ押しかけてカラオケを歌う。Official髭男dismのPretender知らないのー！？なんて驚かれてしまい、しばらく日本を離れている間に浮世離れしてしまっていることを痛感した。

Mとのファーストコンタクトは存外あっさりしたものになったが、これから日本とベトナムを隔ててほぼ毎日電話やTeamsで連絡を取り合う激動の日々に巻き込まれていくことになる。

ベトナムに戻るやいなやコロナ禍の第一波が幕を開けた。ベトナムは即座に中国からの入国を禁止し、3月末までに国際線が停止し日本人が出国することもままならなくなった。

このタイミングで赴任・帰任する予定だった方ももれなくベトナム政府の矢継ぎ早の対応に翻弄された。ベトナムは日本と違い即断即決だ。国際線止めます、レストラン営業禁止します、ロックダウンしますなどの決定が前日の夜にアナウンスされることなど何も珍しくない。

中国と国境が近いハノイ市は4月からロックダウンになり、レストランも閉まれば床屋で髪を切ることもできなくなり、会社のスタッフはもちろん街全体が不安に包まれていたことをよく覚えている。今振り返れば、だが本当に日本にいては得難い経験ができたと思っている。

各国の懸命な対応を嘲笑うかのように、コロナウイルスは瞬く間に世界中に散らばり、震源地とされている中国武漢市でまず企業活動が次々と止まっていく。

武漢市は北京と広州、上海と成都を結んだ十字線のほぼ真ん中に位置する中国の交通や経済にとって要衝中の要衝だ。自動車産業をはじめとした日系企業も多数拠点を構えている。日本の製造業の方達も大いに対応も奔走されたと思う。

中国でこんな状況になれば、国境を隣接するベトナムも大丈夫か？と会社の偉い人は当然そこまで考える。そこから同僚Mと連携して毎日のように連絡を取り合うようになる。ベトナム時間で23時にメール送ったらすぐに返事が返ってきてびっくりしたこともあった。

コロナ第一波を乗り切った後も、いま日本の事業部はこういうことを考えていているから近々こんなアナウンスが出るとか、サプライヤーの工場が爆発してうちの製品が出荷できないという情報をいち早く共有してくれたり、予算作りの相談に乗ってもらったり、何かにつけて協力してもらった。

ぼくたちはすっかり打ち解けて、冗談も言い合える関係になっていた。ぼくはオンとオフの切り替えを大切にするので、ベトナムの休日に日本からかかってくる電話には基本的には出ないが、Mからの電話なら喜んで出た。

そうしてコロナ禍もようやく収束の兆しを見せていたころ、本社では採算悪化による人員整理が進められていた。うちに限らず、他の多くの大企業ではここ数年の間早期退職の募集などが大々的に報じられている。

世界中で急速に進むデジタルトランスフォーメーション(DX)、RPA、景気がリセッションにゆっくりと傾きつつあるという要因もあるかもしれないが、本社人員のスリムにして人件費の圧縮を進めているのは間違いない。

Mはそれまでの業務とはまったく関係のない部署に配置換えになった。ぼくは、それがドラマや新聞、経済小説で幾度となく見た大企業のやり方だと知りつつも、義憤に駆られた。

Mはどちらかというと明るい性格ではなかったが、専門分野の知識は豊富で僕は彼から多くのことを教えてもらったし、これからも次の飯の種になりうる新たなテーマをおれたちが作り出していくんだと、そのために彼の知識が不可欠だと確信していた。

だが悲しい哉辞令は絶対なのがサラリーマンだ。まったく会社は馬鹿なことをしたもんだと毒づいた。

Mがぼくに連絡をくれた時、彼の中では腹は決まっていて翻意させることはできないと悟った。僕は彼が次のステージでも今以上に活躍してくれることを願ってやまないし、そして次の会社でも一緒に仕事ができることがあればこれ以上の喜びはない。

結局Mと協業した期間は2年半くらいで、長い人生で見れば大した時間ではないかもしれないが、僕の中ではMと全力で走り抜けたあの日々は永遠に色褪せない。

大学を卒業したあとに友人を作ることはなかなか難しいとはよく言われるが、同僚Mは間違いなくその数少ない友人の一人と言える。この人とならデカい仕事ができると本気で思えて毎日の仕事が本当に楽しくなった。そんな出会いに恵まれた自分の幸運に心から感謝している。

ここまで同僚Mとの思い出を一気に書き上げて、窓を開けて煙草に火をつけた。夜空を見上げて煙を吐き出す。お世辞にも日本並みとは言えないが、社会隔離が長引いたおかげで大気汚染が慢性化しているハノイでも最近では空がとても綺麗だ。

懇意にしていた同僚との別れ、会社への不信感、組織の理不尽、Mが内心抱えていた苦悩など、いろいろな思いが正直まだ自分の中で交錯しているが、同僚Mとのストーリーを形に残すことで区切りをつけられそうだ。思い出は一旦ここに置いていき、僕はもうひとっ走りすることに決めた。

Homemade家族のLife goes on & onという曲を聞きながら書きました。よければ読者の皆さんも聞きながらお読みください。