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【自分の暮らしと世界をつなぎ直す】 -鶏のたたきとネギの山下家テーブル上での出会い-

佐賀の秘湯「古湯温泉」

先週日曜日、【途中でやめる】山下陽光氏の車で佐賀の「古湯温泉」に連れていってもらった。

その日の朝、壮大な寝坊をして結構大事な予定をポカしてしまい小一時間くらい放心していた時、突如メッセンジャーにスンちゃんの「えがみ~~おいで~」のボイスメッセージと「温泉出発10分前、パジャマでダッシュ」という謎の暗号文が届き、そのまま山下家にダッシュしたのだった。おなじみの黄色いかわいい車(黄色いハンカチ号と勝手に呼んでいる)で、ヒカ&ラン&スンちゃん山下一家のドライブに便乗。早良区を南下しつつ佐賀方面へと向かう。福岡と佐賀を分ける背振山地をくぐる三瀬トンネルを抜けると、少し小高い高原のような盆地に出る。北山貯水池に沿って進むと小さな渓谷沿いの集落が見え、「古湯温泉」の看板が。坂を少し降りた先の駐車場に止めて目指す温泉、公衆浴場「英龍温泉」へ。


「ここのお湯がまたとろっとしてて最高なんですヨ。で、お湯に浸かっている人たち全員の顔が完全に油断しているのもイイ。」と、すでに自分も温泉に浸かっているかのような表情の山下氏。浴場は鉄筋2階建だが、もともとは大正時代開業の「古湯温泉館」が前身の由緒正しい公衆浴場。一階玄関には地元の新鮮な野菜が並んでいる。どうやらここのグリーンピースと梅酒用の梅もお目当とのこと。最近、一緒にサイゼリヤ行くとグリーンピースのチーズ+卵がけを必ず注文していたが、ここの地場産肉厚グリーンピースを一度味わったら、急にサイゼリアで食べてたものが貧相に見えてきたらしい。本人曰く「肉のようなグリーンピースで最高」。玄関をくぐると、そこはザ・昭和。入浴券を購入して、受付に渡すという二重の手間システムで、男湯女湯のドアの横の長椅子には地元のおばあちゃんたちが湯上り後のおしゃべりと社交の場になってる。


浴場に足を踏み入れると、まずは浴槽の黒と白のタイルの市松模様が目を引く。左側一面が窓ガラスで、太陽の光が全面に入ってきて心地よい。浴室内は、2種類の浴槽と簡単な洗い場だけのシンプルさ。何より驚いたのは、お湯の温度。「ぬる湯」と呼ばれる源泉29度の浴槽に体を浸すと、ほとんど熱さを感じないほど。透明でつるりとした鉱泉に絹のような柔らかさが加わった上質のお湯。なによりこの温度だと本当にずっとお湯のなかに浸かっていられる。体がゆっくりとお湯のなかに溶けていくような心地よさをじっくりと味わい、自然に無言になる。周囲のお客さんたちも皆無言で肩まで浸かり、完全に力が抜けているのがわかる。で、隣には海坊主のように顔だけ湯面に浮かせている山下氏。一度入るとずっとこのなかに浸かっていたいと思うようなお湯と湯加減。飲料用の源泉も浴槽脇の源泉口から流れ出ており、手ですくって飲んでみる。もっとひんやりしていて無味無臭、体のなかの悪いモノを流し去ってくれるような清浄さ。
浴場を出て2階に登ると、長机が並んだ畳敷きの休憩室。座布団を敷いてごろんと横になり、体を伸ばす。どうやら食事も注文できるらしい。ちゃんぽんを食べながらテレビを見ているおじいさんや、湯上りに談笑しているおばあさんたち。だれもギスギスしていないし、ゆったりとした空気が流れている。令和(つめたいわ)時代にもしっかりと残る人間の風景。

最高の刻みネギを求めて

古湯温泉を後にして福岡に戻る途中に蕎麦屋「多め勢」へ。三瀬峠は、もともと水が良いということもありいい蕎麦屋が多い。名物の板そば(3人前くらいのそばが平らの木板に盛り付けられている)ととり天を注文。じんわりと温まった体に、冷たいそばがつるりと入る。途中でさっくり揚がった鶏肉をほおばる。うまいし、爽快。そばを堪能した後、早良区の郊外にある肉屋へ。ここの鶏のたたきが新鮮で最高にうまいとのこと。一見、普通の小さな田舎の肉屋で、通っただけではここで何か買おうとは普通は思わないはず。どうやって見つけたのだろうか。鶏と牛のたたきをゲット。RPGゲームみたいだ。その後、「デイリーヤマザキYショップ入部店」へ。ここはもともとのコンビニから大きく多角展開した不思議な店のつくりになっていて、焼き鳥屋、肉屋、八百屋コーナーがコンビニの建物から拡張していて、総合スーパーのような自由度の高さ。日本中のコンビニもこれくらい店主の自由裁量で経営できれば、もっと豊かで多様なコンビニ文化ができていたのかもしれない。とにかくコンビニ=ヤマザキショップ推しにしていきたい。焼き鳥が名物らしい。しかし、本命はここで売っている「カットネギ」とのことでビニール袋に入った刻みネギ4袋ほど購入。山下氏曰く「ネギ出荷者の高地さんのネギ刻み方が最高で、どうやってもここでしか出会えないネギの食感」とのこと。もはや、ネギのほうが主役。

生活の編集術

山下家に到着した後、さらに酒盛り(友達からもらったばかりの釜山ローカルマッコリを持参した)。さっそく鶏のたたきの上に刻みネギをこれでもかとばさっとかけて(この食べ方を山下家では「ネギ畑」と呼んでいるらしい、、)、ポン酢で食べる。うん、ネギのシャキシャキ感すごい。一切れ一切れがしなっておらず、しっかりとした存在感と噛みごたえでまるでスナックみたいな食感。普通、家で刻むとしんなりとしてしまうが、ここのネギは自分がみじん切りになったことにも気が付いていないかのようにしっかりと繊維質が生きている。次第にネギだけパクパク食べていることに気づく。高地さんのネギのカット、職人技としか思えない。どうやってこのネギの存在を知ったのだろう、、
福岡を出て戻ってくるまで合計3時間ちょっと。トロトロの温泉とうまい水で打ったそば、新鮮な朝締め鶏のタタキと職人技のネギとの一連の出会い。早良区〜佐賀のなかの「最高」がつながる。これは、お金を出せば手に入る、とかではない。これを可能にしているのは、解像度を高くして、場所、人、モノを見つけ出し、名付け、それらをつなぎ合わせる技術にある。早良区は福岡でもちょっと郊外で、何もない場所扱いされがちな場所。そこに、うまい鶏のたたきと刻みネギが別々の店に置いてある。普通はネギだけ買いに別の店に行こうなんて思わない。でも、山下家では、最高のカットネギを手に入れるためのちょっとした労力を惜しまない。そして、手に入れた新鮮なたたきと、最高のカットネギが、山下家のテーブルの上で「ネギ畑」として出会う。土地や場所、人、そこで生み出されているモノについて注意深く見直し、見つけだすこと。そして、そこで見出したものを自分の感覚でつなぎ合わせてみること。生活の編集。新しい自分の地図をつくること。そうすると、お金をかけずとも「最高」を味わえることを知る。お金世界から「最高」という生の肯定感をこちら側に取り返す生活実践。


これを書いていて、ふと山下氏の顔と北大路魯山人の顔がかぶった。デフレ日本における新しい魯山人的生き方。両者が似ていると思ったのは、お互いの丸メガネのせいだろうか

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