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「上空五千メートルをアパッチが飛び回っている。流石にこの距離じゃ打ち落とすのは無理か。レインボーブリッジ方面、東京湾上、おそらく海底にも何かいるな。このぼくから一本取ろうたってそうはいかない。十三部隊の名は伊達じゃないさ。意識を統一しよう。全員戦闘準備に移行する」

『ニスタグマス』の操縦席付近で、撃鉄の起こされる音がしたのかと思うと、東京湾大井埠頭付近から垣間見えるレインボーブリッジのライトが一つだけ消えて暗闇の訪れを告げる。

遠い誰かと銃弾でメッセージを交わすようにして東條十三は透明な身体で眼球を浸透させる移動要塞の護衛任務に当たっている。

「降下作戦に関しては事前に取り決めしていた通り、地上と海上からの援護射撃と空中からの狙撃射撃で甲板上の武装を無力化していく。機関銃が前方後方合わせて五機、警護兵が十五名というのがこちらから確認出来ている状態。パラシュートはギリギリまで我慢するしかないね」

AH-64Eの入口扉が開いて突風が機内に入りこんできて『MDMA』と『アンダーソン』の三人を煽っている。

小さな安全ベルトを『アンダーソン』は『パイナップル』に肩当たりにつけて風で飛ばされてしまわないように髪の毛にしがみついている。

降下作戦に関する最終確認を終えると、まずは『グミ』が手に『数珠丸』を持ったまま入り口に立ってはるか真下に広がっている東京湾を見下ろしている。

「さて、一番手は『グミ』こと『大島凪』が担当する。全員後ろに続いてくれ」

AH-64Eのパイロットが海底の仲間と連絡を取って無線通信のジャミングドローンを発信するように指示している。

船が警戒態勢に移行するまでに内部に侵入しなければいけない為に、地上部隊が武装を無力するのは降下作戦のタイミングに合わせなければいけない。

出来るだけ内部の連中に気づかれないように侵入するしか方法はなく、通信が長時間途絶えてしまうと、内部の連中に気付かれてしまう。

降下から落下までのおよそ一分半の間に各武装を無力化せざるを得ないのだということをパイロットに念を押される。

「『アンダーソン』。『核家族』の連中とどうやって知り合ったかどうかは分からないけど甲板到着後の手筈は問題ないんだな。と言っても信用することしか出来ないけれど」

『アンダーソン』が突風で煽られて顔がグシャグシャになりながら大声で叫びだす。

「あのおっちゃんたちなら大丈夫―! 着いたら108に電話してってさー!」

『MDMA』のメンバーは『グミ』、『チョコレート』、『パイナップル』の順番で並ぶと、そのまませーっのタイミングで飛び降りて東京湾上空から滑空していく。

AH-64Eのパイロットからの連絡で地上と会場から射撃が始まり、甲板上のライトが消滅する。

援護射撃のおかげで上空からの様子には誰にも気付いてないはずだと、『チョコレート』が少しだけ息巻いて射撃用アタッチメントをつけたベレッタで狙いを定めて、地上部隊のスナイパーの弾丸に命中させて銃弾を跳弾させて方向を変えてしまうと、一気に甲板上の機関銃部隊を片付けていく。

「ねえ、なんで今余計なことしたの。下の連中で気付いたのがいる。気をつけてなんか飛んでくるよ!」

『パイナップル』の忠告に合わせるようにチョコが『数珠丸』を抜いて銃弾をギリギ弾いて弾道を逸らしてなんとか狙撃を避けて態勢を整える。

「バカもんが。調子に乗りおって。危うく海中に落下して東京湾で海の藻屑になるところじゃったぞ」

『グミ』の怒号を無視して『チョコレート』が『パイナップル』に合図を送ると、空中で『チョコレート』は態勢を整えて大股開きでベレッタを構える。

『パイナップル』が照準を出来るだけ正確に合わせるように手を貸すと、甲板上の音に耳を済ませて撃鉄が起こされたタイミングに合わせて『チョコレート』がベレッタのトリガーを引いて弾丸を撃ち放つ。

「ほれ、見てみろ。そんじょこらのスナイパーなんぞに遅れを取ってたまるか。名付けて『セーラー服と機関銃』だよ。このまま一気に降下して甲板上に着地するぞ」

『チョコレート』の放った弾丸は、二連射されて、一発目はスナイパーの弾丸と正面衝突をして打ち砕くと、真後ろの二発目がスナイパーライフルの照準器を破壊する。

『チョコレート』がガッツポーズを上げて、『パイナップル』が甲板に向けてファックサインを送り勝利を確信する。

『アンダーソン』が凍えながら吹き飛ばされないように『パイナップル』の髪の毛にしがみついている。

「へぇ。ぼくのアタッチメントを無効化しちゃうなんてなかなかやるじゃないか。けど、何もかも甘いね。次で仕留める。ここには来させないよ。ぼくは裸眼で宇宙の向こうのアキレスだって射抜けるぜ」

『ニスタグマス』の甲板上にライフルを構えていた東條十三は二発目の弾丸に気付いて間一髪、首を真横に避けて弾丸の直撃から逃れる。

破壊された照準器を取り外して、透明な身体の状態を解除してしまうと、実体化して十三は自分の眼だけを使ってライフルの照準を合わせて空中から降下してくる連中を始末しようとする。

「やばいよ、まだこっちを狙っている奴がいる。なんで私と目が合うんだ。全員今すぐ避けて!」

『パイナップル』の叫び声で、『グミ』と『チョコレート』は身体をなんとか反転させて弾丸から身体をそらして逃げようとする。

『アンダーソン』が『パイナップル』の動きにしがみついて身体を逸らそうとするけれど、弾丸が小さな妖精の身体ギリギリを通り過ぎて上空へと消えていく。

「こちらブラヴォーワン。予想通り、『ネクスト』が配備されている。ブラヴォーツーは対チルドレン用無力化兵器『コロニー落とし』を射出後、直ちに戦局を離脱せよ。」

AH-64Eの無線通信でレインボーブリッジ方面から空中に向かって微細なジャミング粒子を利用した打ち上げ花火が夜空に向かって放たれる。

光り輝くレインボーブリッジ上に『LovE』という文字を模した七色の花火が打ち上がり『ニスタグマス』で行われている大遊戯祭に歓迎の意を示そうとする。

東京湾に大きな汽笛の音が鳴り響くとともに、一時停泊してパーティーに訪れていたゲストたちを招き入れていた移動要塞が外海へ向けて航海し始める。

黒く汚れた海を巨大な鉄の塊が揺れ動く波間をかき分けながら進んでいく中を東條十三はあたりを包み込むジャミングノイズに頭痛を感じて少しだけ蹲りながらも、パーティーを彩る余興が全て出揃ったことに笑顔を溢して光り輝く空と漆黒の海に不穏な気配が入り混じっていることに気付いて衛星回線を利用して情報端末兼通信端末として自身の脳内と接続していた『appolo13』と呼ばれる鷲型人工知能を使って『ニスタグマス』から離脱する。

「『須佐男』様、会場をご覧ください。彼女の弱々しい力が一滴の魔女の血によって奇妙な相転移を起こしてあなたの笑顔を作り出していたのですよ。いまだ世界が解析不能な力に基づいて構成されているという絶対者の憂鬱が貴方の体内で煮えたぎる私の血液が感覚を全て呼び起こすまで今しばらくのご辛抱です」

『壱ノ城穎』は自分だけが他の妹とは違う血統であるのだということに劣等感を感じたことはおそらく一度たりともなかった。

なぜならば、彼女に取って今こうして目の前にいる『須佐男』に仕えることこそが無上の喜びであり、完全なる人生の目的のように思たからだ。

だからこそ、彼女が『出雲』にもたらされるべき調和を乱して、少しずつ『須佐男』の身体と精神と思考が穢されてしまったという事実を認めることが出来なかったのかもしれない。

それは夜十二時になれば訪れるエーテル粒子体の普遍化にガラスで出来た必然性の極地の崩壊を『八咫鏡』に映っている腐敗した自らの表象が象徴しているのだということとよく似ていると時間という煉獄の中で注がれた葡萄酒と一緒に堪能している。

「形態不慮不穏不適不整合。故に、我、深淵と境界の徒也。」

『須佐男』の手術痕だらけの頭部で右目が赤く光り輝いて、円形闘技城の上で、神槍『人間無骨』を構えて顎をさすり不適に笑っている『団鬼六』と、彼の攻撃をギリギリでかわし続けながらも息を切らして立っているのが精一杯な黒炎リリーの戦いの中にたった一マイクロ秒だけ存在している奇妙なデストルドー反応を可視化する。

「どうだい。お前の周りを死への誘いで結界を張ってやった。抜け出そうと足掻けば足掻くと、お前の意志を削いで逆らう気など一切起こさなくなるように呪詛の種を植えつけてやる。結局人間など変われんよ、『黒炎リリー』、いや、『黒蜜夕』」

両手に持った刃渡り三十センチほどのナイフで、周囲を漂う小型の黒い粒子を切り裂いて、破壊する度に巻き起こる小さな爆発を置き去りにするようにかき分けて、『人間無骨』の射程圏内に飛び込もうとする。

直径二十センチほどの神槍がまるで巨大な障害物のように『黒炎リリー』の視界いっぱいを埋め尽くそうとしてくるけれど、目を閉じず、中心点だけを捉えて感覚を頼りに、左手のナイフを『団鬼六』に目掛けて投げつけてその反動を利用して真下に黒炎を吹き出して推進力を使って跳ね上がる。

チャイナドレスのスリットの隙間から彼女の大きな傷跡が見えたかと思うと、すっと、神槍『人間無骨』の上に『黒炎リリー』は立っている。

「万策が尽きたのはお前の方でしょう。私がもし貴方に植えつけられる限界を知らせるタガに気を許すことさえなければ能力は私の方がずっと上なの。せめて、あなたの神技で私と正面から戦いなさい」

『黒炎リリー』が喋り終わる寸前で『団鬼六』は『人間無骨』を引いて力を貯めるようにして身体の力学的作用を利用して傍にしっかりと力を込めて空中から襲いかかってこようとする『黒炎リリー』目掛けてはしたなく穢れて下品で下劣なエネルギーに満ちた極点を発射する。

「ふん。ならば、お前に見せてやろう。旧い魔女の血がいかに貴様の脳内を腐食させ全てを堕落させるか。身を持って叩き込んだここでの死生を幻だと曰う口を塞いでやるわ。いけ、我が魂、『人間無骨』。咽頭結界破邪封印一切滅私空虚転生、神槍『淫愚離慢垢離』!」

観客席の三階で西野ひかりが嫌味な笑いを浮かべて左手に持った『旧い魔女の血』と『災血のエーテル』の混ぜ合わせられた小瓶を振っている。ガラス瓶の中で得体の知れない無数の手形が外に出ようと円筒状の密閉容器の中を探り回っている。

何もかもが疎ましいと西野ひかりが壊れてしまった正気を零れ落とすようにして口元を緩めながらゆっくりと希望の光が閉ざされる瞬間を目に焼きつける。

「ねえ、そういえば初めて会った時のことを覚えている? こんな言い方は意地悪なのかも知れないけれど、私はちゃんと右眼にしっかり記憶が焼き付いている」

「ぼくは暗闇から解放されるような気がして、右手に持った白杖を左手に持ち替えて君の指先に触れてとても柔らかい君の肌の触覚を脳内の感覚器官が麻痺するような状態に溺れてしまわないように君の頭の中をこっそり覗き込んだ」

「そうして私たちは他愛のない話をしながら、指先を絡めあってお互いの存在を感じあって決して離さないように祈りを捧げながら」

「あと少しで目を醒ますことが出来るんだって予感を確信に変えるようにして二人で一緒に暗闇の中に飛び込んだ。救われない未来があったとしても塗り替えられない過去があっても壊れてしまわないようにって」

瘴気をまとうってことはきっと逃れられない憂鬱を引き剥がすことが出来ないんだってことを自覚して、まるで自分自身が陰の一部になってしまったように存在を出来る限り希釈してそれでも傍にいる他者のことをちょっとでも感じていられるようにと願い事を捧げることなのかも知れない。

だからとても辛辣な言葉を思い返してそれでもまるで自分の顔とそっくりな自分の形をとてもよく似ている自分の心を書き写したような宝具の行方を微かな匂いを頼りに『MDMA』の三人を『アンダーソン』は引き連れて三階居住区へと侵入する。

『ダウナーマインド』の二人は『ニスタグマス』の内部に入る手助けをする時に、『アンダーソン』に向かってひどく真剣に語りかけてきた。

「ええか。この船に乗っ取る連中はどいつもこいつもゴミ屑や。お前らみたいな連中が入ったらすぐバレる。血の匂いで分かってまうんや。だからな、俺たちの気配に合わせろ。魂ごと消して息を殺して鼓動を止めたフリをしろ。それやったらなんとかなる。なんも信じたらあかん。ここは嘘と本当の区別なんてない場所や。よく覚えておき」

戦いの終わった円形闘技場の周囲をぐるりと囲いこむようにガラス窓のVIPルームが『ニスタグマス』最後部には設置されていて、中央の『Mr・Friday』と『LovE』氏の席から数えて二つ目の席には、緑色のネクタイと紺色のスーツに黒縁メガネに七三分けで年齢不詳の男と四十代後半の女性が黒いドレスを着て座っている。

「鳴海さん、ぼくの話していたことがそろそろ理解してもらえましたか?ほら、観客席に座っている連中は当然ながら血の色を見て興奮しているんです。彼らは本物のエンターテイメントを求めている。自分とは切り離された日常で起こる演劇じみた日々の繰り返しを」

「私たちは戦争や殺人事件の悲劇を伝えていた訳ではなく、共感すら感じ得ない死という絶対的異物の到来によって聴衆を刺激していただけということですか。惨殺された夫婦を見てテレビの前でにやけ笑いを浮かべる女子高生の存在を見て見ぬ振りをしていただけだと」

「その程度で彼女たちが満足すればことは単純ですよ。圧倒的な生の瞬間、それは希望の光が潰えた場所でのみ体験が可能なんです」

「あなたがトトと呼ばれる理由が池袋水族館殺人事件や西早稲田信用金庫夫婦殺人事件で少しずつ分かってきてしまったというのが確かに私の本音です。視聴者は明らかに異常を求めている。過剰で過激な死の奔流が自分のすぐ傍で実行されているけれど決して自分たちにはそれが届かないと知っているから、いえ、誤解しているからこそ、彼らはエンターテイメントを求める。モニターの向こう側はすでに剥離した網膜に映った形でしか存在できない」

「スペクタクルに支配された社会ですか。ギードゥボールの戯言すら軽く超えてしまう現実を目の当たりにする。『紫峰鳴海』さん、いえ、ママ。ぼくはこの円形闘技場が欲しい。無意味と不利益と無惨と無情が実際に交換されあっている刺激と快楽の極点が。メディアコントロールによってぼくたちは虐殺されうる現実を恒常的な平和で侵食された日常と縫い合わせたい」

全くお金のかかる子ねとニヤついてスマートフォンを取り出してVR∃Nと待ち受けに表示された赤いバックと黒い文字の画面からFasizmaと名付けられたアプリケーションを立ち上げる。

「紫峰が託した仕事を仕上げてきたようだ。赤い星独立艦隊『人類の敵』が太平洋上でこの客船を接収する準備が整い始めた。夜更け過ぎには私たちも海の底にいるだろう。『花江』は私と一緒に香港ということになると伝えておいてくれ。『狗神』、Fasizmaによって『大和』を沈没させるまでにはどのくらいかかる?」

『田神李淵』は真っ赤な葡萄酒に一口だけ口をつけながら、『ニスタグマス』船首部分に用意された舞台で行われている、人間という存在がヘルツホルム共鳴器として一体どのような周波数を響かせて、鼓膜から侵入する不協和によって感情を不安定な状態へと導くことが出来るかどうかについて、テーマにして演奏する『ユウコ』が弦を弓弾いて、『レン』が人形へと変化した女性の髪を櫛で本当に愛おしそうに撫でている。

不安定な共鳴がなされるたびに『テクネー』の眼球が揺れ動いて生と死の境界線を曖昧にして周囲に集まった人々の視覚と聴覚を刺激している。

舞台から少し離れたところには、同じようにPhysisの二人によって構成された二つの球体関節人形がガラスケースの中に仕舞われているのを『田神李淵』はゆっくりと味わうようにして注意深く観察する。

燃えさかる火炎を鉄板が蓋をしていて、脚の裏が焼け爛れた長身の女性が決して焦げ付かないようにガラスケースの中で繰り返される不規則なサイン音に合わせてダンスを踊っている。

彼女の足首は強靭なバネによって脹脛より上の両足と接続されていて、踊るたびに少しだけ彼女は空を飛んで自由を味わっている。

時折、断続的な純音ではなくて六万五千キロヘルツ周辺の持続音が周囲で鑑賞している人々の鼓膜を刺激したかと思うと、ガラスケースの内部でレーザー光線が跳ね返りながら彼女の眼球や適度に肉の削がれた頬や細くて華奢な腹部を射抜いて、まだ微かに残された痛覚神経の伝達によってほんの少しだけ顔を歪めている。

反対側では同じように炎が灯されているけれど、決して燃焼温度が下がらないように青く静かな炎がガラスケース中央の燭台にぐるりと配置されていて、目隠しをされて胸が小さく小柄な女性が手足を縛られたまま宙吊りになった女性の腹部を熱している。

彼女の腹部は銀色の鉄板によってすげ替えられていて、熱伝導率の高い金属によって白く透明な肌が焼け焦げてしまわないように鉄板の周囲はガラスによって遮断されている。

彼女たちの関節は球体によって接続されていて、肌の色や少しずつ違う身体が丁寧に縫合されてたった一つの女へと再構成されている。

きっとそれは切断される前は彼女にとって最も大切な身体の部品として彼女自身の存在を定義するだけに十分な理由を与えて美という母性原理の象徴を他者に提示したのだろうということを伝えている。

まるで、前世が取り残されて引き剥がすことのできない業として張り付いているような彼女たちの肉体を『田神李淵』は犬の顔をした獣人である『狗神』に差し伸べられたクラッカーとチーズに口に放り込みながら蔑むように眺めている。

「およそ、十年。いえ、今回の『赤い星』との提携がうまく行きさえすれば五年で到達可能かと思われます。『大和』は既に虫の息。小さな綻びを見つけてこのように繋ぎ目を解いていくだけで後はゆっくりと沈んでいくに違いありません」

狼の耳と牙を持ち両手首と両足首の鋭い爪をがっしりと円形闘技場の地面にめり込ませてふさふさの尻尾を逆立てさせている女が涎を垂らしながら蒸気をあげて機械仕掛けの体で空手の構えをとっているアンドロイドとその背後で額に鉢巻きを巻いて腕組みをしてボロボロのコートを羽織った長身でグラマラスなボディの女性を睨み付けている。

お団子頭の審判が闘技場上空を飛んでいるドローンによって飛行している女性に合図を送ると彼女の視点から捉えた闘技場の様子が電光掲示板に映し出されて対戦カードの名前が表示される。

「赤コーナー! 『谷崎グループ』所属奴隷人形08『ハンニバル』『ソノコ』! 絶滅危惧種日本狼の獣人が今宵も本物の殺戮を見せつける! 青コーナー! 『パーフェクトドルイド』! Dragon Gate Type-0! 『夢見る機械人形』、中沢乃亜の最高傑作である汎用人型格闘兵器の底力は世界最強の呼び声も高い獣人を果たして凌駕することができるのか!」

VIPルーム中央右には、100キロ近い巨漢の男の周りに美しい金髪の十代の女の子がブルマ体操着姿で寄りかかりまるで猫のように頭を撫でられて懐いていて男の周りには彼女と同じぐらいの女の子と男の子が一人、巨漢の男を慕うようにして群がっている。

一番手前に座っている山羊の角を生やした女の子は頭部だけになった『ミツコ』を抱えて優しい笑顔を浮かべている。

彼女は何かを懇願するように巨漢の男に話し掛けていて男の傍のテーブルの上に置かれた中華饅頭を一掴みすると、ちょうど右脚あたりに寄りかかっていた真っ白な髪の毛の女の子の頭を鷲掴みにして股間へと導いてまずは俺の願い事を叶えろと命令する。

闘技場の『ソノコ』が天井に向かって遠吠えをあげて観客席を鼓舞しようとする。

「ねえ、『ユキコ』。『サチコ』はちゃんと運命の人と出会えたかな。なんだかさっき私たちに見せてくれた一生懸命な顔はそういう風に見えたよ。私はちょっとだけうらやましいな」

そこはひと気が少なく、誰にも見つからない場所で光など届かない空間でこっそりと静寂の中で自ら発光する宝石が嘘なんて無意味になってしまう空気を漂わせて意地汚くて邪な脳味噌がすっかり洗われてしまう場所に存在している。

「人間たちの住んでいる世界の裏側と繋がることの出来る力を持ったままそいつが存在しているのはとても珍しい。大抵は、名誉欲や野望や承認欲求や偽物や真実がもたらす強い力に邪魔をされてしまい、そいつは息をすることすら難しい。

法則が存在しないわけでも綺麗事が通用しないってわけでもなく、きっと小さな女の子の頭の中とはこっそりコミュニケーションを取ろうとしているけれど、妄想や空想の中で息をしている事実も忘れて曖昧な場所を一気にすり抜けて光と闇のシンプルな戦いを繰り返しながら勇者と愚者が光の剣を携える権利を争いながら孤独に侵されそうになっている異形を打ち倒そうと脚を踏み出そうとしている場所にそいつは存在するのかもしれない。

「匂いがする。多分近くまで来たと思う。多分、あれがあれば私もお家に帰れると思う。『パイナップル』はちょっとだけでいいんだろ」

『アンダーソン』は黒いドレスとは合わない緑色のサングラスを履いて宙を浮かびながら『ニスタグマス』の最底部である第四階層の秘密の空間へと案内している。

七色のサングラスを外した『パイナップル』が『シャッターチャンスのエーテル』を使ってもほとんど道筋が辿れないことに困惑しながら出来る限り素直になろうとする。

「私は見られるだけでいいのかもしれない。私は今の世界が気に入っているし、もしうっかり『ヘルツホルム』にでも飛んでいってしまったら魔王と仲良くなる手段でも考えてしまいそうだしな」

フンと鼻息を鳴らして『アンダーソン』は『パイナップル』の顔をちょっとだけ伺って前方を指差して不安定な軌道のまま羽を動かして道案内をする。

西日本を中心に裏社会を牛耳っている『核家族』という反社会組織のヒットマンとして知る人ぞ知る『ダウナーマインド』に彼らのとっておきの裏技である気配をすっかり人から切り離してしまう言葉遊びを教えてもらったお陰で『MDMA』と『アンダーソン』はまるで自分たちが『ニスタグマス』の船内には存在していないように振る舞うことが出来て、お陰で警備が厳重で警報装置がそこら中に仕掛けられている船内を誰にも見つかることなく彼らはまるで夢の中にいるみたいな場所で暗闇を真っ赤な光で照らしている『桜珊瑚』と『アンダーソン』はまた出会うことが出来たようだ。

近くに寄ってみると、とても暖かくて吸い込まれてしまいそうなほどの怪しさを漂わせているけれど、いつかどこかで見たことのある当たり前の風景みたいにどんなものにも変えられない色と形で『ヘルツホルム』から迷い込んできてしまった幼児体型の妖精を出迎える。

とても眩しい光で眼をしょぼつかせながら右手の人差し指で触れてみようと近づけるとほんわかと淡い光を放ってお話をしようとするのを感じ取って『アンダーソン』はびっくりする。

台座の上に置かれた『桜珊瑚』は七色の羽の小人がやってきたことを嫌がる様子がなく彼女が右掌で包み込んでみると優しい言葉で話し掛けてくる。

「いくら冒険好きだからってこんなところまで一人で来るなんて大丈夫なのかい? 見たところ、君が連れてきたのは仲間というよりも戦友みたいなものだろう。それでもまだほんの少しだけ君の冒険は続きそうだ。よかったら、ほんの一欠片だけぼくを持ち去っていくといい。きっと君の力になれる時があるはずなんだ。悪戯好きの妖精にせいいっぱいの幸があらんことを」

『アンダーソン』は頭の中にこっそり電話を掛けてきた『桜珊瑚』の言葉に従って右手で包み込んだ部分にちょっとだけ力を込めて折ってしまうと、しっかりと透明で赤く光り輝く鉱石を掲げて誇らしげに周囲を照らす。

あまりの美しさに思わず後ろから距離を取って眺めていた『MDMA』の三人組も身を乗り出して『桜珊瑚』が折れた時に零れ落ちて周囲に透き通るように純粋な周波数をあたりに響かせた音の欠片に耳を傾けてうっとりと顔を綻ばせながら目に蓋をする。

「久しぶりに会ったからとても優しくしてくれた。これ以上は静寂が好きな彼のことを邪魔してしまうからシンデレラに会いに行こう。十二時を過ぎたってことを忘れて道に迷っているはずだって彼が言っている」

『アンダーソン』はとても大切そうに背中に背負ったリュックの中に『桜珊瑚』の破片をしまってしまうと、まだちょっとだけ頭がぼんやりとしてうまく飛べないことを『パイナップル』に見つかってしまい、右手でグイッと掴まれると真っ黒でタイトなボディースーツの胸元にしまわれてぐったりとしたままちょっとだけ目を閉じる。

今日は危うく耳元を銃弾がかすめて気絶してしまったと思ったら、故郷のことを思い出すような優しくてのんびりとした光と音に包まれてしまったりで、とても忙しくて疲れ切っている。

『出雲』で出会ったことのある悲しそうな目の女の人はお前の場所を譲ってくれと囁き空を飛べる自由のことをとても羨ましいと言っていたけれど、彼女はきっとあの大男の傍にいられるだけで十分なんだろうと『アンダーソン』はうとうとしながら夢と現実の狭間でそんなことを考えている。

『ニスタグマス』はすでに港から五十キロメートルほど離れた東京湾上を太平洋に向けて航海を始めていて後戻りすることが出来ないんだってことを船内に乗り込んだ感の鋭いゲストたちに伝えようとしている。

「イエガーより戦闘事務(オフィス)。『大和』領海権内で、ターゲット1を捕捉。爆撃許可を要請する」

「了解。赤い星の連中もマリアナ海溝沖で潜航中だ。例のマダラメとかいう極左の部隊だな。イエガーは命令あるまで待機。奴らに一歩たりとも遅れをとるな」

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