ショートショート『思考は静かに・・・・』

「「出る杭は打たれる」と言うコトバがあるだろう?」
A氏が唐突に話しはじめた。
首元のよれたTシャツに、組んだ足に履く色落ちしたジーンズは、味わいと呼ぶには程遠い古びれ方をしている。
それに比べてキレイすぎるスニーカーは異様な存在感を放っていた。

右向いに座る彼の身なりは、西日が射し込む平日の市立の図書館には似つかわしくないように思えた。

「僕は昔からアレはどうだろうと思っていたんだ。」
彼は私の相槌も待たずに話を進める。今の彼にとっては目の前にいる人間が誰であろうと、また人である必要性すらないのである。

「杭と言うのは、そもそもその役割を果たしてこその杭なのだよ。そうでなければただの先の尖った木の棒に過ぎないのさ。」
「杭の杭たる所以はその役割にあるのだ。」
彼は事もあろうに「杭」のそもそも論からはじめた。
どこからが杭でどこからが木の棒なのか。
正直私にはどうでも良かったが、
「でも、はなっから杭として作られたのならソレは杭なんじゃないか?」
無言も悪かろうと愛想のつもりでこう答えた。
それがイケなかった。
彼はそこから火がついたように講義をはじめた。
何故「杭が杭なのか?」「木はどこからが木なのか?」
澱みなく「立板に水の如く」流れる彼の言葉は文字通り私の右耳から左耳へと流れ去り、後には何も残さなかった。
それどころか私の思考は「立板とは何のことだろう?」という方へと、よそ見をしていく。

「つまり「出る杭」は才能のあるものや先進的な人間の事ではなく、自らの仕事もないがしろにした悪目立ちした人間を指すのさ。」
「「出すぎた杭は引き抜かれる」と言うヘリクツがあるが、よくも考えてみなよ。杭として不良品な杭が引き抜かれた先は良くて、薪として火にくべられるのが落ちだよ。」

長々とした講義を終え得意げな彼は、改めて深々と図書館の椅子に座り込んだ。
私も聞いていないので貴方も読み飛ばして結構だ。すまない。コレは先に言っておくべきだった。

満足そうなA氏を私は地面から引き抜き目の前の焚き火に放り込んだ。
出たいのなら、もっと上手く出たらいいのに 
と思った。
A氏は存外よく燃えた。

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