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農産物直売所:経営のヒント

【注】この記事は2010年3月に、1990年代後半から2000年代前半の数年間、直売所の運営会社に勤めていた筆者の(多くは失敗の)経験から気づいたヒントを公開したものです。今とはかなり状況は異なると思いますが、それでもお役に立つこともあろうかと思い、改めてnoteで公開してみました。


典型的な農産物直売所のモデル

・毎朝、農家が自ら価格設定をした農産物を持ち込み、店頭に並べる。
・店側は、上記価格の15%を手数料として徴収する。
・売れ残りは、閉店後、出荷農家が引き取る。

有名なのは、つくばの近くの『みずほの村市場』、埼玉県の『サイボクハム』、愛知県の『元気の郷』、三重県の『モクモク手づくりファーム』、福岡県『ぶどうの木(八幡屋)』大分県『木の花ガルテン』といったところか。ここ5年ぐらいは各地の農協が積極的に店舗展開するようになったので、年商数億~10億円を超える大規模な直売所が増えてきている。都市部を除く全国どこの自治体にも1箇所はあるとすれば、少なく見積もっても1,000箇所以上の直売店が稼動していると思われる。

農産物直売所のメリットとデメリット

農家にとってのメリット

  • 価格決定権がある
    どんな商売でもそうだが、価格を自ら決められない限り再生産可能な収入を確保することは困難。農産物直売所がなければ、出荷した農産物の全量を農協に出荷し、量を取りまとめた上で農協が市場に出荷するが、それだと農家は、自らの手取り価格について、市場で売れた後しか分からない。最終消費者と直接向かいあって価格を決めるというのは、農家に”経営”の概念を植えつける効果もある。農協に頼らない経営が、直売所出荷を開始することで可能になる。みずほの村市場で4年程前ヒアリングした情報では、直売所出荷だけで年間1,000万円を超える農家が複数あるとのことだった。

  • 規格外品も出荷可能
    規格内で農産物を一定量同じタイミングで作るというのはとても難しいし、歩留まりも悪い。直売所であれば、多少格好が悪くても味が良ければ販売できる。
    また、スーパーでは見かけることの内様々な品種の野菜を少量作り、高い値で販売する方法も可能になる。例えばトマト。2006年から現在までの間に36件の新品種が登録されている(農水省品種登録HP)。Wikipediaによれば世界で8,000種以上。トマトといえば桃太郎しか知らないほとんどの消費者にとって、それ以外の品種のトマトを提供するのは有効な差別化戦略となる。トマトは赤色だ、という常識も、緑・白・黒・黄色といろいろな色のトマトを見ればひっくりかえすことができる。驚きのある買い物体験を消費者に提供できる。

農家にとってのデメリット

  • 売れ残った品を引き取る手間

  • 個別包装、価格のラベル貼りの作業の手間
    これらは農協への共同出荷では不要な作業。農家のおっちゃんにとってはめんどくせえ、となるが、農家のおばちゃんにとっては何てことない作業だったりする。なので、直売所出荷はおばちゃんの仕事になっているケースが多い。

消費者にとってのメリット

  • 新鮮な農産物が手に入る
    高知県の『ごっくん馬路村(馬路村農協)』の仕掛け人の一人であるおいちゃんが、ある時企画した講演会でこう言ってました。
    「大根が一番うまいのはなあ、畑に生えてる状態をかじる時だ!」
    さすがにお客さんが生えている状態で食べるわけにいかないけど、収穫から時をおかない野菜は、実においしいものです。

  • 品質の割に安価
    理由は簡単、中に入る業者がいないから。千疋屋で一万円以上するマンゴーやクラウンメロンも、現地なら半額ぐらいで買えるはず。もちろん、その差額こそが千疋屋ブランドの価値なので、どちらが良いというわけではない。

消費者にとってのデメリット

  • 欲しい農産物が欠品の場合も

  • スーパーのようにワンストップでの買い物はムリ

  • 遠方まで足を運ぶ必要性

農産物直売所:経営のヒント

初期投資は最小限に

私の関わった直売所では建物の建設に補助金を使ったが、補助の条件をクリアするために却って初期投資が高くついてしまったと強く反省している。直売所は薄利多売であるから、固定費は出来る限り圧縮するのが鉄則。
最近、仲間と一緒にリフォームして店舗や住居を自分好みに安く仕上げる、というのがはやっている。(例えば、こちら)、直売所の建物を建てるところ生産者と消費者とお店のスタッフが一緒に作っていくというのも面白いと思う。mixiやtwitterで仲間を集めれば、賛同者がいるかも。手伝ってくれた人にはお米のプレゼントとかしたらばっちり。

農家との委託条件で冒険することもできる

ほとんどの直売所は出荷したい農家は皆OKだろう、が、中には条件をクリアした農家だけに出荷を認めているところもある。
みずほの 村市場では、例えばトマトを出荷したいという農家が入れば、2軒目以降の参入希望者は1軒目よりも高い値段で売らなくてはならない、というルールが厳密に 施行されている。こうなると品質管理に自信があるか、新品種を育成できる技術力を持った農家しか新たに参入できない。結果、レベルの高い農産物が揃い、お 客さんがどんどん寄ってくる、という正の循環ができている。ただしこれは、相当力のあるトップでないとできないだろう。仕事と暮らしが密接に結びついている田舎では「断る」というのは実に大変だから。

品切れ対策

品切れをどれだけ減らせるかは日々の運営において重要なポイント。一番原始的な対応策は品物が減ったら農家さんに店舗スタッフが電話連絡し て持ってきてもらうという形だが、包装したりなんだりの時間が農家側に必要なので、追加納入の期待はあまりできない。流行なのは、朝出荷した農産物の売上の推移を携帯電話で随時確認できるサービス。これは今後必須だろう。
そのほか、IT技術のうまい活用方法も検討次第ででてきそう。儲かるとなったら、腰の曲がった80歳のおばあちゃんでも携帯バンバンつかうようになります(笑)。ボケる暇がない。

加工施設はよくよく検討してから

農産加工施設を併設するケースが多いが、利益を上げているケースはまれ。食品の衛生管理がどんどん厳しくなっている昨今、加工施設を自前で持つのはよくよく検討したほうがよい。むしろ、近隣で技術力のある中小食品メーカーや個人商店があれば、そことコラボしてオリジナル加工品を製造してもらうほうが現実的かも。かっこよくいえば、直売所版SPA。

飲食は難しい

「客単価は滞在時間に比例するから、客単価を上げたければ、その店や施設に長く滞在してもらうしかけづくりをしなきゃいかん」

「1時間の滞在で客単価は1000円」

というのがかつての上司の言。長く滞在してもらって客単価を上げるには、飲食施設は最適である。
しかし、飲食施設で集客を続けるのは本当に大変。まして、人口の少ない農村部ではそもそも外食人口がさほど多くない。そういった中、飲食で 収益を上げようと思ったら、車で1時間圏内の都市部の住民にわざわざ来てもらえるような仕掛けをしないと成功しない。地元の人は、地元のお店で外食するの を好まない。知り合いにあうと面倒だったりするのだろう。直売所のお客さんとして、お膝元の住人を計算に入れないほうが現実的だと思う。
あともちろん、お店を切り盛りできるスタッフを確保できるかどうかがポイント。直売所と飲食施設を一人のマネージャーで切り盛りするのは難しい。

人材確保がカギ

資金調達も大変だけど、それよりなにより人材不足なのが農村の現実。特にマネジメントクラスや新サービスを開発実施できる人材を見つけることは困難極まりない。お金がなくて多少ボロい建物になってしまっても、チャレンジできる人材がいればカバーはできるが、逆はない。
そういったノウハウを蓄積した先行の農業法人が、自ら抱える優秀な人材を派遣する直売所運営請負専門会社のニーズは十分にある。温泉旅館の再生を星野リゾートがゴールドマンサックスと共同で取り組んでいるが、それの直売所版。地元の出資者は施設オーナーに徹し、運営は専門家に任せるといったモデル。

農産物直売所と日本農業のこれから

 直売所間の競争がこれからますます激しくなることは間違いない。後発組なのであれば、それを見越した販売計画を事前にきちんと作成し、見込 めなければ断念する勇気も必要だと思う。農家の数が限られているから、集荷できる野菜の絶対量にはどうしても限界がある。かといって、直売所なのに市場仕 入れの商品ばかり目立つようでは本末転倒だ。そういうお店も実はあるのだが、お客さんも良く知っている。

 農業でメシを食っていきたいと考えている方にとって、直売所は絶対に外せない販路。お客さんを自ら探す時間は農業に従事するとほとんど取れないと割りきって、まずは直売所販路に集中するのも一法。もちろん販路を考えるだけで食べていけるわけでもないので、総論として『農で起業する!脱サラ農業のすすめ』を一読することをお勧めします。

 農業が牧歌的な商売だと思ったら大間違い。特に専業で食べていけている農家は、優れた経営手腕を持っている人しか生き残っていない。それだけに厳しいところは厳しいが、直売所運営者の立場からすると理屈が通る相手。メリットがあると分かれば協力してくれるはず。逆に一番めんどうなのは、兼業農家。農業で食べていっているわけでないから、農業に対する真剣さが専業農家に比べて足りない。

 日本農業の今後を考える上で、やはり兼業農家より専業農家にメリットのある制度設計が望ましい。将来の転用を見越して栗の木3本だけ植えて農地としているような土地は、宅地並み課税を厳密に適用する等の対策は日本農業の競争力強化には欠かせない。

日本の農業技術は素晴らしい蓄積がある。工場運営でいうところのQDCのうちQは十分であるから、DとCのレベルを上げていくことが急務。耕作放棄地が多いぐらい農地は豊富、水資源も豊富、こんな国がいつまでも農産物の大輸入国であり続けるというのは理屈に合わないんじゃないだろうか。

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