たゆたえども、沈まず。

ゆらりゆらりと揺れ動いても、自分は決して沈まない。

タイトルにある「たゆたえども沈まず」は、小説家原田マハさんのタイトルからお借りした。この小説のタイトルをはじめ、表紙のゴッホの絵や全体から何か引き込まれるものをずっと感じていた。理由はわからない。まだ読んではいないが、このタイトルから考えを進めたい。


パリの標語となった「たゆたえども沈まず」

フランスパリ市の標語がこの言葉であるというのを、調べてみて初めて知った。パリ市の紋章には船の絵が描かれ、ラテン語で”Fluctuat nec mergitur”とある。フランス語で”Il tangue mais ne coule pas(揺れはするが、沈没はしない)”。

これを日本語で表現するなら「たゆたえども沈まず」ということになる。船を一つの国の形ととらえ、色んな困難が波となって押しよせ揺れ動こうとも、最後は沈まず前に進もうという意志が感じられるものだ。

これは、一人の人の考え方としても大事なことなんじゃないだろうか。

波は誰にでも訪れる。その流れに乗るのか、反るのか。


夏目漱石が理想とした「則天去私(そくてんきょし)」

この前愛媛の道後温泉に行ってきた。そこは文豪夏目漱石のゆかりの地で、「坊っちゃんの間」と呼ばれる一室には「則天去私」の掛け軸が飾ってある。

「則天去私(そくてんきょし)」とは、小さな私にとらわれず、身を天地自然にゆだねて生きて行くこと。流れに従っていくことを意味している。この考え方を夏目漱石は理想としていた。

温泉に浸かりながら時間を忘れ、僕はこの言葉ををおぼろげに考えていた。

自然に従うことはすごく大事なことだ。その流れに乗っているのか、反っているのかは、自分の感覚がキチンと機能していることを必要とする。自分よりも大きなものの中にいると感じることで小さな「私」にもとらわれなくなる。


流れに乗るための、バランス。

流れにいつも乗れるわけじゃない。波に引かれ押されしながら、なんとかタイミングを見つけて乗っていくのが精一杯だろう。

自分が海や川の中でぷかぷかと浮かんでいることを想像してみてほしい。いざ波がきて、乗るときには体勢をよくしておかないといけない。歪んでいたりすると波を受けきれずに、のまれ、沈みかねない。バランスが必要になる。

バランスを保つ体勢を表すのは、”目の前にある物事にどう向き合うか”にあると思う。気づき、考え、行動する。一歩一歩前進する。曲がらないその姿勢が、バランスにつながるのではないか。

そんなことを思う今日この頃。あの小説を読みたい。


おわり

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