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友近賞受賞作「県民には買うものがある」(4/5)

 相手を探しはじめてから1週間と少しした頃、私はヒロミちゃんと二人で地元のイオンモールへ遊びに行った。こちらはまだ林田くんと深夜に電話を交わしていた頃だったが、彼女はすでに二人の男と会った後で、何となくあの時の私たちはどちらもへらへらして締まりがなかった。
「一人目な、近江八幡まで会いに行ってんか、あたしが。舐めるまではしてんけど、でもちょっと無理ってなって、その人とはそこまでやわ」
 イオンモールでオムライスを食べながら、私たちは報告会を行っていた。ワンコインのオムライスは鶏肉が少なくて器もダサいが、それでも充分においしい。琵琶湖が望めるフードコートの窓際に座り、2月の透きとおった日光を浴びながらの食事だった。
〝一人目〟の送ってきた自撮り写真を見せてもらうと、なるほど確かにちょっと無理、な感じだ。
「二人目はどうやったん」
「それがさぁ、ちょっともう、聞いて」
 手に持ったスプーンをぶんぶん振り、ヒロミちゃんは興奮ぎみに話してくれた。
 彼女が二人目に会ったのは23歳大卒、社会人1年目の男性で、名は斎藤さんという。
 もともとの出身は大阪だが、滋賀の大学に進学したのと同時に下宿して、京都の出版社に就職した後もこちらに住み続けているらしい。SNSのアルバムから引っぱってきたという写メには細身の青いシャツに身を包んだ黒髪の青年が、人の良さそうな笑顔で写っていた。さわやかで、でも微妙な気だるさもあって全力じゃない感じ。歯並びが抜群にいいと思った。彼の周りには大学の友人と思われる数人の男女がいて、いずれも楽しそうにふざけている。彼らの見た目は派手じゃないものの、文化的な趣味で括られた人間たち特有のスマートさを放っていた。ニューバランスのスニーカーを履いている人が、確認できるだけでも三人はいる。
「あぁ、ヒロミちゃん好きそう」
「そう、めーっちゃ好み」
 ヒロミちゃんは基本的に、インテリっぽくて細身で黒髪で、みたいな人がタイプだ。ただしオシャレすぎたり趣味が高尚すぎたりするとすぐ気後れするから、あくまで雰囲気の話。
「あたしからメッセージ送ってん、向こう全然ログインしてはらへんかったから。そしたらすぐ返事来て、いい感じやったし、昨日会ってきた」
「ほおー」
「草津のスタバやけどな、アルプラの」
 彼女はかすかに鼻で笑い、スプーンですくったオムライスを口に運ぶ。
 アル・プラザ平和堂、通称「アルプラ」は滋賀の駅前には大抵あるジュニアデパートのことで、滋賀の中高生はしょっちゅう放課後アルプラへ赴き、それぞれに青春を形成している。系列店舗で使えるHOPカードというポイントカードも存在し、「滋賀の人ならみんな持ってるわ」などと言って笑うのが地元のおばさんたちは大好きだ。
 ゆえに、スタバはスタバでもアルプラにあるそれは、ヒロミちゃんにも鼻で笑われてしまう。
 斎藤さんとスタバで会った結果、彼女は彼に対し「もうめっちゃ好き」な状態にあるらしかった。優しいし賢いし面白いし、カッコイイから。
「でもなぁー」
 さっきまで惚気ていたのと地続きの口調でヒロミちゃんは切り出す。私の神経が尖る。
「洋楽とか、好きやねんて」
 そういってヒロミちゃんは、きっと私にしか見せないであろう柔弱な笑みを浮かべた。
 私は安堵とも、同情ともつかない妙な気分になる。ああ、ヒロミちゃんは、この人と望むようなセックスができるか、不安になったんだ。それを今、私にそれとなく打ち明けたのだった。
「洋楽かぁー」
 ロックバンド系の音楽にいまいち疎く、むしろ自分から避けているようにすら見えるヒロミちゃんにとって、洋楽なんてジャンルの途方の無さは恐ろしく映るはずだ。きっと気後れしまくっていることだろう。
「ま、話してて楽しいねんけどな」
 私が何か言う前に、ヒロミちゃんはまた曖昧に笑って言った。
「えぇー、じゃあよかったやん、イケメンやし」
「そやねんそやねん」
 それからは二人とも何となく脱力しながら斎藤さんを褒めた。頭では「ヒロミちゃんはきっと、斎藤さんといるとたくさん磨り減るだろうな」と考えていたし、それはヒロミちゃん本人も同じようなことを思っていたんだろうけど、二人とも何も言わなかった。彼女は斎藤さんとセックスできても、むしろ、してしまうと、自分が負けることを知っていた。斎藤さんは車を持っていないらしい。

 フードコートでオムライスを食べ、プリクラを撮り、ヴィレッジヴァンガードをうろうろした後は、二人でスタバに入った。
「あ、さっき見せるん忘れてた」
 オレンジのランプの下でフラペチーノが出来上がるのを待つ間、ヒロミちゃんはそう言って愉快そうにスマートフォンの画面を見せてくれた。映し出されていたのはツイッターのスクリーンショットで、私はそれを目で追って読む。

『武彦@takehiko0205:今マクドで隣の女子高生2人が「フェラでも何でもいいからしたい」って話してはった。今のJKすごいな。
 リツイート:2080 いいね:1907』

 読み終えた私は、思わず噴き出してしまう。同時に出来上がったキャラメルフラペチーノを受け取り、だらだらと適当な席に着く。
「こないだタイムラインに流れてきてん」
 緑のストローをさしながら、ヒロミちゃんは得意げに言った。
「タケヒコ、やってくれたな。しかもけっこう拡散されてるし」
「ああ、これなぁ」
 私たちは当然takehiko0205というユーザーが誰かなんて知りもしないし、あのとき隣にどんな人物がいたかも覚えていない。ただ、私たちの実際していた会話が「女子高生」という付加価値をつけて切り取られ、たとえ良い印象でなくともネットの海をほんの少し揺るがせているのは愉快なことだった。リツイートやいいねが4桁台というと、結構ちゃんと生身の人間たちに触れられ、面白がられたことを表している数字だ。
 でもそんなツイートで4桁いくって、有名人なんかな。タケヒコ。私がつぶやくとヒロミちゃんは幾分か苦い顔をし、今度はまた違うスクリーンショットを見せた。これがさ、という言葉を口のなかでもごもご押しつぶすように発しながら。

『シロタP@shirota:俺ならその場で「しゃぶれ」って自分のモノ突っ込んでるわ>RT
 リツイート:2406 いいね:2330』

 真っ白いボブヘアの少年が美麗に描かれたイラストのアイコン、そしてその名から「シロタP」がニコニコ動画やそのあたりで有名な人物であろうことは推測できた。そのツイートの下にも、似たようなアイコンからの返信がいくつも連なっている。
『シロさん、さすが俺らのネ申www』
『おまわりさんこちらです』
『私もJKになってシロPのチンポしゃぶりたい』
 その瞬間、長い年月をかけて伸びた氷柱が一瞬で折られてしまったような衝撃が、全身に行き渡るのがわかった。
 画面に映し出された文字列は私たちの会話が「オタク」の「神」の変態っぷりにハクをつけるため、ただそれだけのためにしか消費されないことをじゅうぶんに知らしめた。返信する人間たちもみな自らの神に縋るかたちで、自分のからだに嬉々として薄っぺらいラベルを貼っている。少しでもネットで面白い人間として在りたいがためのラベルだ。
 そんなはりぼてのために、画面ひと触れで簡単に利用されてしまう私たちの会話の軽薄さ。ネットに飛び出しても、結局は滋賀と大差ない、矮小な世界で埋もれていってしまうくすぶり。気が遠くなるような嫌悪感が、頭の後ろから煙をあげるようだった。ざくざく。ヒロミちゃんがフラペチーノの凍った部分を崩す音が耳をかすめ、私の意識はようやくスタバへと引き戻された。私たちは目を合わせ、けらけら笑ってから、シロPのチンポねぇ。という言葉でその会話を終わらせた。

5につづく

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