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情熱に火傷せよ。 インターステラー制作秘話

映画「インターステラー(原題:Interstellea)」をご存知だろうか。

クリストファー・ノーラン監督による、2014年のSF作品である。

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地球の寿命は尽きかけていた。居住可能な新たな惑星を探すという人類の限界を超えたミッションに選ばれたのは、まだ幼い子供を持つ元エンジニアの男。
彼を待っていたのは、未だかつて誰も見たことがない、衝撃の宇宙。
(画像、紹介文:ワーナー公式ページより)

そんな「インターステラー」は北アメリカを中心に大ヒットを記録したのだが、
先日、凄腕のプログラマであり技術書の著名な執筆家であるジョン・アランデル氏が、「インターステラー」についてこんなツイートをした。


このツイートは発されるやいなや瞬く間にリツイートが繰り返された。科学愛好家や映画愛好家と思しき1万人に及ぶほどの人間に言及され、現在も世界中に拡散し続けられている。

気になったあなたに、一体何が話題になっているのか、その内容をご紹介したいと思う。

インターステラーを観たことのある方には勿論、まだ観ていない方にも絶対に退屈させないことを約束しよう。

ツイートの直訳


まずツイートの直訳はこうだ。

”映画「インターステラー」でブラックホールを創ったソフトウェアは、4万行ものC++言語による記述を用いてアインシュタインの方程式を完全に実装し、3万2千コア数のレンダーファームによって、数千フレームの23メガピクセルIMAXフレームに20コア時間でレンダーしている。"


これだけで「凄い!」と分かったら、もう十分である。ぜひ、アランデル氏のツイートを引用して、議論を更に広めてほしい。

まだピンと来ない方は、以下を読み進めてほしい。

つまり何が凄いのか

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一番わかりやすい説明は、以下のようになる。

映画「インターステラー」は、ブラックホールの描写に科学と美術の情熱が注がれまくっていた。



これではアバウトすぎる、と思うだろう。

以下に、より詳しく説明していきたい。

まず、ブラックホールとは、アインシュタインの一般相対性理論によって存在が示唆されている、「光すら飲み込む物質」の名称である。

宇宙のどこかにあると言われ、最近では重力波の観測装置によりその存在が確からしいものとされた。

そのブラックホールを、作中で正確に描写するために、アインシュタインの方程式を4万行ものコードでコンピュータ言語に落とし込んだという。

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Hello, worldと画面に映し出す作業の単純な4万倍ではない。

例えば、中学校の物理で習う、「圧力=力/面積」という式をコードすることも、実際やってみれば結構大変だと思うはずだ。

理学の究極的な数式を反映するための4万行であると言えば困難さが伝わるだろうか。


また、コンピューターが、コードから映像を生み出すには、レンダー(レンダリング)という処理が必要になる。

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インターステラーの映像は一画面23メガピクセル敷き詰められるIMAXというフレームで数千フレームが、20コア時間(=1時間1フレームに必要なコンピュータープロセッサーコア数が20)に対し32000コア使用されたため、1600フレーム/時間という緻密さで描かれたという。

我々が手にする快適なPCのコア数が2〜4コアであることから、その圧倒的さがお分かりいただけるだろう。


これらの手間やコストをもってして、「インターステラー」のワンシーンはできていたのである。

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私の友人に映画のCG編集者がいるので話を簡単に比較できるのだが、並みの映画では宇宙の描写があったとしても、シミュレーションなど使わず、一般的なイメージを再現することで十分だという。「インターステラー」のこだわりは、半端じゃ無いということだ。


この話にはまだ続きがある。


以下のリンクを見てほしい。

アランデル氏がツイートに置いたリンクである。

多少重いので、「中身は一体なんだろう」と思うはずである。

答えを最初にいっておく。


これは、作中で登場するブラックホールの創造に用いられた技術を示す、科学論文である。

https://arxiv.org/pdf/1502.03808.pdf


しかも、引用文献が65個もある、ガッチガチのやつだ。

ページ数は47ページ。使用されている数式、41種類。

私も工学系の大学院出身で論文を読みあさっているので分かるが、これらの数は、相当念入りに調査、実験および考察がされていないと出て来ない数字である。

ノーベル物理学賞を受賞したキップ・ソーン氏まで共著者に入っている
(キップ・ソーン氏はこの映画の科学コンサルタント及び製作総指揮を務めたという)。

この論文の概要にはこう書いてある。

この論文の目的は4つである。


(1)我々の型破りな技術の興味深さと有用さを知ってほしい。

(2)ブラックホールを、近くの任意な位置で任意な動きをする視点で捉えるための方程式を発表したい。

(3)以前からあちこちで発表されている「遠くからブラックホールを眺めたとき」よりももっと、「近くで、回転するブラックボールを観たときの形や大きさ、恒星の創生と消滅のイメージ」の洞察を行いたい。

(4)色変化、周波数領域における光強度変化、仮想的なレンズのフレア、巨大な物体の回転の影響、によってもたらされるブラックホールとその降着円盤 (ガスや塵が生み出す円盤) のイメージが如何にして作られたか、を記したい。


観衆が理解することのできるイメージをつくるというゴールに寄り添って。そして、「インターステラー」の面白さを見つけていただくことを願って。


要するに、

この映画に用いられた先端的技術は、皆に映画と科学の面白さを感じてもらうためにある、と述べているのだ。


そんな心意気を、買わずにはいられようか。


制作にかかったコスト、論文の存在や、そのおおまかな筋を知ったところで、まだ感動するには何かが足らないという読者もいるはずだ。

欲しいのは、そう、制作者たちの肉声だ。

ここでも、アランデル氏が動画をシェアしたツイートを活用させていただきたい。

ツイートの訳:論文の共著者である、(視覚効果を担当した)ダブル・ネガティブ社のポール・フランクリン氏やオリバー・ジェームス氏らの素晴らしいインタビューがある。

インタビューの中で話題になっているのは、やはり技術的な困難さである。

とりわけ、IMAXの巨大なフレームに落とし込む技術、アカデミックな議論との整合性、映像の美的完成度について、開発者は「本当に大変だった」と制作過程を語る。

だがそんな中、制作者のひとりであるイアン・ハンター氏からこんなセリフもある。


現実の世界を、つくりものの世界にもってくることは難しいよ。
実際的に解決しなければいけない問題がいくつもあるからね。

だけど、そこにこそクリエイティビティがあるんだ。
手持ちの道具で何とかするってこと・・・。

僕は本当にそこに感動するんだよ。





最後に、今回話題を作ってくれたジョン・アランドル氏のあるコメントを紹介すると共に、記事を締めくくろうと思う。


(リプライヤーからの、”科学アドバイザーがこれらから幾らかの論文を得たのを覚えています。大学が持っているよりも豊かなコンピューター環境が映画のレンダリングに使用され、そして予想していなかった結果を示していましたね”という言葉に対して:)


そうですね、映画にとっての優先順位は違います。

開発費用は、比較的に言えば、問題ではありません。

その結果は、美しくもあり、同時に科学的にエキサイティングでもあったわけです。



あなたや、あなたの子供が、ブラックホールや宇宙を、芸術と科学両方の観点から直感的に理解したいと思うのならば、「インターステラー」はこの上ない作品なのかもしれない。

また「インターステラー」に限らず、世の素晴らしい作品の裏に隠された、気の遠くなるような努力に、畏敬の念を送ろう。


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著者プロフィール

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水谷 健(みずたに けん)

株式会社Parks 代表取締役。

AIメディアのアイブン ( https://aiboom.net/ )を運営。

1992年11月生まれ、三重県桑名市出身。
名古屋工業大学工学部卒、東京大学大学院工学系研究科卒。


Twitter:

https://twitter.com/mizuken_com

e-mail:

mizutaniken1992[at]me.com
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