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同じ境遇として、桝アナにアドバイス。アカデミアに新風を!

 日本テレビの桝太一アナウンサーが3月末で退社することが波紋を広げています。新年度から同志社大学ハリス理化学研究所の助教として赴任するそうです。ただ、退社後も「真相報道バンキシャ!」のキャスターは続けるということから、研究者とキャスターの二刀流として話題になっています。
 私自身もメディアで20年以上働いたあとに、アカデミアに転身したこともあり、自分のことのようにその境遇を慮っています。しかも私の母校でもある同志社に行くとは。

 桝アナは、東京大学大学院で農学生命科学の修士号を取得してから日テレに入社。私自身も京都大学大学院で人間・環境学の修士号を取得してから新聞社に入っています。自らの専門性とは関係なく、殺人事件や災害など、ありとあらゆる現場に行き、「社会部記者」として泥臭く働いてきたことを自負しています。

 ただやはり、桝アナが、アカデミアで今後も働くというのであれば、「博士号」は取らなくてはいけません。単なる学位という称号にこだわっているのではなく、博士論文を完成させるまでのプロセスが重視されるのです。つまり、博士号取得は一人前の研究者としての「登竜門」としての位置づけです。

 かつては、「末は博士か大臣か」と言われたようにゴールになっていたかもしれませんが、今は国際的な常識からすれば、研究者の証みたいなものです。博士論文を書き、それが審査され認められるまでの労苦は、経験した人でしか表現できません。「査読」という形で、他の研究者に認められ、学術誌に掲載される論文がいくつかないと、そもそも博士論文の審査が受けられないという大学も少なくありません。

 私の場合、記者になってからも、アカデミアに片足を突っ込みながら仕事をしていました。各種専門学会にも所属しながら、最新の研究動向をフォローしつつ、たまに学術論文を出すということを地道にやっていました。
 縁があって、大学院の博士課程にも進み、記者職を続けながら、土日祝日はすべて研究に充てて、平日は夜遅く帰ってきては、午前3時ごろまで研究を続けるという、それこそ血のにじむ「二刀流」に従事しながら、博士号を取った経験があります。

 一方で、桝アナにはメディアで培った経験を生かして、アカデミアという古い体制に風穴を開けてほしいと思います。さまざまな業界をのぞくことができるメディアにいると、大学を中心としたアカデミアの世界はどうしても、特殊でいびつな世界に見えます。例えば、誰が読んでいるかわからない、あるいは何が書かれてあるかわからない自己満足だけの本や論文に出合うことも少なくありません。私の頭が悪いという原因もないことはないですが、こうした文章を読んでいると、なんでこんなに現実社会かけ離れてしまったのだろうとか、まともに文章を書く訓練をしてこなかったのでは、と毒づきたくなります。もっと言えば、どこか夢の世界の住人なんだろうと。

 メディアに在籍していた者は少なからず、読者や視聴者に日々鍛えられ、「人に伝える」という意味では相当の訓練を経てきています。つまり、しっかりと地に足が着き、社会の課題や問題に誠実に向き合い、そして言葉がきちんと届く作法が身についています。
 そうした意味で、桝アナには大いに期待しています。ご自身でも「目指すのは理系の池上彰さん」と答えているように、そうした志を持ち続けてほしいと思います。
 できれば、ぜひ私のようなものともコラボさせて頂けないかとも考えています。同じ関西の一研究者として僭越なアドバイスでした。

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