野球ボール

中学受験に合格したのに合格が悲しくて号泣した理由

受験に合格したのに悲しくて号泣??

中学受験の時、受験に合格したのに悲しくて号泣してしまったことが僕にはあります。久しぶりに思い出したので当時のことを書いてみようと思います。

状況


小学生4年から初めた野球にとにかく没頭していました。
そんな中、教育熱心な親の意向で中学受験をすることに。
ただ、地元の中学に進んで、同級生と野球がしたかった僕はあまり本気で受験には取り組む気になれませんでした。

合格通知


結果、国立の大学附属中学と、県立の中高一貫校を受験しました。両校とも一次試験は学力試験で二次試験は抽選という仕組みになっていました。学力試験は両方突破し、抽選に挑みました。運が良いのか悪いのか、両校とも抽選で落選。正直、この時安堵していました。「またみんなと野球ができる」と。
ただ、一週間後家の電話がなります。国立の大学附属中学からでした。「補欠合格です。」実際に僕が電話に出たのですが、どう捉えて良いのかわからず、一旦電話を切りました。欠員が出たので、点数が良かった僕が繰り上がったようです。僕は泣きました。嬉し泣きではなく、悔し泣きです。「受かってしまった・・・」
大学受験にこの後2度失敗する僕にしたら、合格したのに悔しくて泣くなんて、本当に皮肉的だなと今思いますが、それくらい当時の仲間と野球がしたかったんですよね。

泣いてしまったわけ


なぜ、ここまでこの時の仲間が好きだったのか振り返ると、ある大きな理由がありました。
当時、教育熱心な親のもとで勉強と野球を両立していた僕ですが、週に3日、塾に通っていました。村から電車で3駅ほどの駅前にある大手進学塾に学校終わりに通っていました。野球の練習日が火・木・土日(土日は試合が多い)で、塾は月・水・土(午後)と、ちょうど重ならずにうまく両立できていたんです。
しかし、5年生になって、塾の曜日が変わってしまいます。火・木・土とちょうど野球の練習と重なってしまったんですね。
僕はもちろん野球がしたかったので塾を辞めたいと親に訴えましたが、親は塾に行っているから野球をさせてあげているというスタンスでした。(この時本当に親を憎んでいた時もありましたが、勉強をさせてくれたことは今となっては感謝しています。)


この時、僕が野球を続ける方法が一つだけありました。
小学校の野球チームは、4.5.6年の学年別でチームが分かれていて、それぞれ練習日が異なっていました。ひとつ上の6年生の練習日が月・水・土・日だったので、親が掛け合って6年生のチームの練習に参加することができました。
おかげで、野球は継続することが出来ましたが、同級生との練習には参加できず、土日の試合にだけ参加するという状態になっていました。
僕は以前から試合には先発で毎試合出場していたので、土日の試合にも変わりなく出場していました。

ただ、この状況を振り返ってみると
日頃練習に参加していないのに、試合にだけ出場している僕を、チームメイト(特に試合に出ていないメンバー)は何の文句もなく受け入れてくれたんですよね。
もし僕が逆の立場だったら、日頃練習に来ていない奴が試合にだけ来て出場しているのをベンチから眺めるのには抵抗があるし、文句を言っていたんではないかと思います。
もちろん、僕自身日頃から友人に対して悪口をいったり、けなしたりはしない(できない性格)ので良好な関係を築けていたのかもしれません。
それでも、応援してくれたり、普段と変わりなく接してくれたチームメイトに対しては本当に感謝の気持ちしかなく、この人たちともっと野球をしたいと思っていました。

だから、この仲間たちともう一緒に野球ができなくなる宣告(合格通知)が来て、僕は悲しくて号泣してしまったわけです。

結局、合格した中学に進学し、チームメイトと一緒に野球は出来ませんでしたが、中学や高校野球で対戦できたりと同じグラウンドで対戦できました。
この時のチームメイトと出会えたことや、この時の経験は僕にとっては大きな財産になっています。

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