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企業がリーダーにコーチをつけるときに知っておくべきこと (その2)

前回の記事では企業がリーダーに向けてコーチングを採用したいと思ったときに、知っておくべきこと、その1として「上長が直接的に関与すること」をテーマにお話をしてきました。

簡単に前回の内容を振り返ると、コーチングを上手に活用するために会社が考えるべきポイントとしては以下の3つが挙げられるというお話をしていました。
【ポイント1】上長が直接的に関与する
【ポイント2】リーダーが能動的に関わる対価を明らかにする
【ポイント3】退職という選択肢をオープンにする

2回目の今回は「リーダーが能動的に関わる対価を明らかにする」についてお話をすすめていきます。

前回に引き続き、企業でコーチングを採用することに関わる方にとっては実践的に有益な情報としてお読みください。またプロのコーチにとってもコーチとしての関わり方を考えるのに有益な情報です。

私がリーダーとコーチングセッションをしている際に、こんな問いかけを受けることがあります。
「林さん、仮に私が会社の求めている課題を克服できたとしますよね。そしたら私の給料が上がったり、有給取らせてもらえたりするんですかね?」

そして、こんなセリフが次に続きます。
「会社は変われ変われって言うし、変われなかったら降格とかクビとかそういう脅しはするけど、実際に変わったところで昇格させてもらえるわけでもないだろうし、給料もきっと上がらないし、変わって当たり前みたいに軽くあしらわれるだけの話なんですよ。」

はて、こういった状況をどう乗り越えれば、私たちは求めている変化を手に入れることができるのだろうか。コーチとして経験豊富なはずの私が正直困ってしまう局面だったりします。

この事例一つをとっても、企業がリーダーにコーチを付ける場合、「なぜ給料も上がらないのに今以上に努力しなくてはいけないのか、それができたら何の得があるのか」を明確に伝える必要があるのではないか、というのが今日の本題です。

このお話は以下の3つの切り口で進めていくことにします。
【リーダー側から見えている景色】もう十分頑張ってるんですけど、何か?
【会社側から見えている景色】マイナスを「プラマイゼロ」にするために会社のお金をつかうんだから変化は当たり前。
【コーチからの提案】「もし仮に大きな変化が見られたとしたら、会社はどんな評価をするのか」を明らかにしてはどうか

では、まずはじめに、
【リーダー側から見えている景色】もう十分頑張ってるんですけど、何か?
について話を進めていきます。

毎年多くのリーダーにコーチングを提供してる私の経験から言うと、頑張っていないリーダーなんて存在しません。与えられた予算、与えられた人員、与えられた商品という条件の中でやりくりしながらベストを尽くしている人が殆どです。終電ギリギリまで残業したり、休日出勤したりしながら、チームを鼓舞し何とか与えられた目標を達成に向けて努力しつづけています。

コーチングという存在はそんなリーダーにとって「余計な仕事」でしかありません。
「これだけ頑張ってるのに、まだ変われって言うの?勘弁してよ。」
というのが実際のところではないでしょうか。

ある時、そんな不満を持ちながらもコーチングセッションにいらしてくださったリーダーからお聞きした言葉は今でも記憶に残っています。

「林さん、一応言っておきますけど、私は会社から求められている数字は達成してるんですよ、今まで。ずっと。部下から不満が出ているのは知ってますが、求められる結果は出していて、それは会社も認めざるを得ないわけです。今の仕事と結果に見合った対価として会社から給料をもらっているという意味では、私は十分に役割を果たしていると思うんです。給料も上がらない、昇格もない、有給も消化できない、欲しい人材も採用してもらえない、そんな状態でなんで私が今まで以上の努力をしなくてはならないんですか。」

確かに一理あるなと思いました。
アメとムチみたいな考え方は既に古い概念かもしれませんが、英語で言うところのWhat's in it for me?(私にとってのメリットは?)に対する答えがなければ、なかなか人はスイッチが入りません。
コーチングを企業が起用する場合、問題解決できなかった場合の対価は降格や減給など比較的はっきり提示されることが多いと思います。それとは反対に、達成した場合の評価や処遇は明示されないことが殆どではないでしょうか。

例えば、
上司:「君は次の取締役候補なんだけどね、◯◯の課題があって今すぐ就任させるわけにはいかないんだよ。それでコーチと一緒にこの課題を克服してもらいたいと思ってるんだ。」
リーダー:「わかりました。一つお聞きしたいのですが、もし私がこの課題をコーチと克服できたとしたら、取締役になれるということですね?」
上司:「いや、それはまだ決まったわけではないから何とも言えないんだよ。そういう可能性があるということ。他の要因もいろいろあるからね。ただ、この課題を克服しないと取締役にはなれない、ということなんだけど、言いたいことはわかるよね。」
といった会話です。

「アメ」にあたるものがあまりにも曖昧です。
これでモチベーション高く取り組めというのは、あまりに理不尽な気がします。

ここからは少し視点を変えて、【会社側から見えている景色】マイナスを「プラマイゼロ」にするために会社のお金をつかうんだから変化は当たり前、という論点について話していきましょう。

多くの場合、リーダー向けのコーチングは、そのリーダーの上司に当たる方と人事部の担当者が協議の上予算を捻出することから始まります。例えばこんな会話が発注のきっかけとなります。

上司:「最近◯◯さん(部下)のチームから仕事がやりにくいとか、パワハラなんじゃないかとか、いろいろと良くない話が出てるんですけど、そちらでも何か聞いてますか?」
人事担当者:「その件ですね。実は私の方でも個別に相談を受けたりしていて、ちょっとこれは問題だと思っています。実際に◯◯さんのチームは過去にも休職してしまう人や異動の申し出をする人が多かったですから、今回も心配しています。」
上司:「仕事はできるし、結果も出すんだけどね。ちょっと当たりが強いと言うか、部下に厳しすぎて、周りがついてこれないという傾向はあるね。今回は周りの不満も大きいから、もし改善されなかったら今のポジションを任せ続けるのは難しいかもしれないですね。」
人事担当者:「そうですか。◯◯さんとは飲みに行ったりして、いろいろ話してるんですけどね。本人曰く、わかってるけど、結果を出すためには仕方がないの一点張りなんですよ。これはそろそろ本格的に対策を打たなければだめですね。コーチングはどうですか。」
上司:「それはいいかもしれないね。コーチをつけて改善させよう。それでも改善しなかったら、そのときは厳しい判断も必要になってくるね。」
人事担当者:「わかりました。今回は実際にコストをかけるわけですから、変わってもらわないとダメですね。というか、変わって当たり前っていう前提で。」

こんな会話からコーチが起用される場合、マイナスの要因を補填するというか、「プラマイゼロ」の状態まで復元することに対して、会社のお金が使われていきます。
もう少し直接的に言うと「問題を修復する」ための予算です。そして、その費用対効果を正当化するには、「具体的な成果や周囲の評価が向上したらOK」ということと「成果が出なければ、その時点でハードな判断を下す」の2択ということに向かっていきます。

私はプロのコーチでありながら、経営者でもあるので、この会社視点での考え方も当然理解できます。私がこういった予算を経営側として使う決断をするときに頭の中で考えることは「お金かけるわけだからその分の回収は絶対にするべし」ということに終始します。

表面的には「こういった費用をかけることは会社として◯◯さんに期待しているというメッセージとして受け取って欲しい」なんて都合の良い言葉でいい含めてしまいがちですが、実際には期待よりも「問題の修復」に重きが置かれた施策であり、会社としては「余計な予算」として考える傾向にあるのではないでしょうか。

【コーチからの提案】「もし仮に大きな変化が見られたとしたら、会社はどんな評価をするのか」を明らかにしてはどうか。

これまで双方から見えている状況の乖離についてお話してきたのですが、ここで考えたいのは「リーダーの徒労感」です。
徒労感を実用日本語表現辞典で調べるとこんな定義が出てきます。
「行いなどが無駄になり馬鹿馬鹿しい気持ちのこと、または頑張った結果などが報われないで疲れだけが残ったような感覚のこと。」

実際に費用を捻出する企業側としては、お金をかけた分だけ変わってもらわなくては困る、という正当な言い分はあるにせよ、実際に行動変容を起こし、結果を変えていくのはリーダー本人だということに対してどのくらい認識があるでしょうか。

会社側がこのような姿勢で臨めば、リーダーとしては「どんなに頑張っても、マイナスを補填するだけの活動と思われるだけで、この営みには徒労感しかない。」と考えること必至です。

ここで私が提案したいのは、コーチングプログラムを開始する前の事前面談の実施です。これはコーチが介在する形でも、社内関係者だけでの面談でも構わないのですが、上司や人事担当者などの関係者とリーダーが面談の場を持つことを提案します。

そして、その場で以下のような問いを共有し、話し合ってみてください。

「もし仮にコーチングで望む成果が出た場合、会社はどんな評価をするのか」
「もし仮にコーチングで望む成果が出た場合、リーダーにはどんなメリットがあるのか」
「もし仮にコーチングで望む成果が出た場合、会社の未来にどんな影響を与えるのか」

これらの問いに対して、会社や上司、人事担当者が全ての答えを持っている必要はありません。それよりも、こういった話題で会話を開くことが重要です。関係者が公平且つ好奇心豊かに相互の主張を聞き入れ協議することができれば「問題の修復」という目的だけでなく「今後の発展」という目的が共有されやすくなります。
そしてそれは、リーダーの徒労感の軽減に繋がります。
これは考えるまでもないことですが、徒労感丸出しのリーダーと、意欲的に関わるリーダーではどちらが良い結果を生むでしょうか。

前回も書きましたが、「コーチをつけたからこれで大丈夫」という安直な起用方法ではなく、本当に成功する方法を関係者全員で考え、柔軟なプログラム構成を考えてみてください。

さて今回は、企業がリーダーにコーチを付ける場合、「なぜ給料も上がらないのに今以上に努力しなくてはいけないのか、それができたら何の得があるのか」を明確に伝える必要があるというテーマについて考えてきました。

次回は【ポイント3】退職という選択肢をオープンにするについてお話します。


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