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ガラパゴスなジョブ型議論はもうやめよう

 
世界標準でジョブ型雇用とかメンバーシップ型雇用なる呼び方はない。ならばなぜ日本ではその言葉がもてはやされるのか。その理由を考えていこう。
ジョブとはタスクの束であり、タスクには職務限定も無限定もある。それなのに日本ではジョブというと限定された職務と捉えられてしまう。

ところが、その日本においてさえ、ジョブ型という言葉が指す意味がいくつも存在する。

同一労働同一賃金のジョブ型


一つめは「同一労働同一賃金のジョブ型」と呼ぼう。これは、日本の労働法学者と経済学者を中心に提唱された。非正規と正規、男女といった処遇格差を是正するために、職務を限定することで比較可能にするといった考えが下敷きになっている。

この原点は労働組合のある欧米企業の主として工場労働者の働かせ方にある。一人の仕事を限定して働かせることで効率性を高める経営側の思惑と、限定した職務に賃金を貼り付けて交渉する労働組合の思惑が一致することで成立する。これをジョブコントロールユニオニズムという。だが、ジョブ型なる呼び方はない。

これを日本の処遇格差や、際限ない職務のために働きすぎやワークファミリーバランスを欠く状態を改善しようとするものが日本のジョブ型の原点にある。厚生労働省の施策にも取り入れられつつある。

ここで確認しておかなければいけないことがある。こうした原点というべき同一労働同一賃金のジョブ型論には「生産性を高めるといった要素はない」ということである。

現に、欧米製造業の工場は、1980年代にジョブコントロールユニオニズムを生産性や品質の観点からやめて、職務範囲を拡大したり、従業員間の連携を取り入れる方向へシフトしたのだ。つまり、欧米製造業ではすでに過去のものとなりつつあるジョブコントロールユニオニズムを日本に持ってこようとしているにもかかわらず、欧米の常識と考えられていることに第一の混乱がある。

生産性とイノベーションのジョブ型


第二の混乱は、日本企業がすすめるジョブ型が、「同一労働同一賃金のジョブ型」と同じではないということ、そしてジョブ型という名称が生産性向上の阻害要因とみなされがちなジョブコントロールユニオニズムを連想させることで引き起こされる。簡単に言えば、ジョブ型という名称からはみじんも生産性をあげるというイメージがわかないのだ。そして、職務記述書を厳密に日常業務で使うなんていう企業は少なくともアメリカには存在していない。このことは前にも書いたが、どうにも日本には正しい情報が伝わっていない。

日本企業の掲げるジョブ型は、第一に生産性の向上であり、第二に65歳までの雇用義務化と70歳までの雇用の努力義務化に対応した賃金制度の見直しに基づくものである。これを経済産業省が後押ししている。

第一の「生産性の向上」の背景には、日本型の長期雇用という慣行が労働者の移動を阻害することで、生産性やイノベーションにとっての障害となっている、という思い込みがある。これを総称して「メンバーシップ型雇用からの脱却」と呼んでいる。この考え方を「生産性とイノベーションのジョブ型」としよう。

もともとは「同一労働同一賃金のジョブ型」派が使い始めた「メンバーシップ型雇用」という用語だが、そこには生産性やイノベーションにとっての障害という要素はなかった。働きすぎ、ハラスメント、メンタルヘルス上の問題、労働条件格差といった問題の温床になってきたと指摘するのみである。

先に指摘した通り、職務を限定したジョブコントロールユニオニズムは生産性と品質の向上を阻害する。つまり、日本企業と経済産業省がすすめようとしている「生産性とイノベーションのジョブ型」は職務を限定することを目指しているわけではないということが導き出される。

その中身をみていけばより明らかになる。
「生産性とイノベーションのジョブ型」は、労働者が自ら職務の棚卸をすることで職務記述書をつくることを基本としている。これは欧米の職務記述書の作り方からすればあべこべである。欧米企業は、経営戦略→事業計画→人材計画→人員計画→職務分析、職務記述書という流れで作っている。つまり上からつくるものである。一方で日本企業の職務記述書は労働者自らがつくることで役割を自発的に認識させるためのものである。そこには当然、他部署や他企業、部門内の連携といった役割が含まれてくる。つまり限定した職務など意識していないのである。

そのうえで、役割は定年延長を前提にした賃金制度の見直しのなかで引き直される。65歳、もしくは70歳まで定年が伸びるのであれば、現在多くの企業が採用しているような50代半ばでの役職定年といった制度をやめざるを得ない。だからといって、企業が担う総額人件費を変えるということもできない。よって、年齢が上がるにしたがって賃金をあげてきた制度を変更せざるを得ない。そこでカギになるのが役割である。どの年齢や職位階層であっても上位の役割を担う可能性を与える。その一方で、担当するプロジェクトが終了すれば役割から外れる。こうすることで必要な手当てを柔軟に運用することができる。簡単にいえば、従来のようにいったん管理職になれば降格がない、ということをやめようとしているのである。

「同一労働と同一賃金のジョブ型」と「生産性とイノベーションのジョブ型」は両立できるのか


ここにきて一つの壁にぶつかることになる。
「同一労働同一賃金のジョブ型」と「生産性とイノベーションのジョブ型」は両立できるのかということである。

ここまでのことを整理しよう。

  • 同一労働同一賃金のジョブ型は限定した職務である ≠ 生産性とイノベーションのジョブ型は役割を明らかにするもので限定した職務のことではない

  • 同一労働同一賃金のジョブ型は生産性向上が目的ではない ≠ 生産性とイノベーションのジョブ型は生産性向上と退職年齢の引き上げが目的

  • 同一労働同一賃金のジョブ型は日本型雇用慣行であるメンバーシップ型を人間らしい働き方の阻害要因としてとらえる ≠ 生産性とイノベーションのジョブ型はメンバーシップ型を生産性向上とイノベーションの阻害要因としてとらえる

  • 同一労働同一賃金のジョブ型を導入しても生産性に寄与しない

  • 生産性とイノベーションのジョブ型を導入しても人間らしい働き方に寄与するかわからない

世界標準はジョブ型なんて言葉は使わない


ここまで整理をしてわかることは、厚生労働省を中心に主導する「同一労働同一賃金のジョブ型」と経済産業省を中心に主導する「生産性とイノベーションのジョブ型」は、ジョブ型という名前だけが同じでまったく違うものということである

ところでジョブ型なんて言葉はグローバルに存在しない。同一労働同一賃金のためでも、生産性向上やイノベーションのためでも存在しない。こんな用語は日本だけのガラパゴス用語である。ジョブ型という用語は生産性の阻害要因とみなされうるジョブコントロールユニオニズムを想起させることもガラパゴス感を高めている。

生産性向上やイノベーションを目的とするグローバル用語はHPWSである。High Performance Work System、日本語に直すと高業績ワークシステムの略語だ。総じていえば、採用、訓練、連携を意識した職務設計と評価・報酬という個人にかかわる管理を、プロジェクトをベースに仕事の流れを追うワークフローという集団にかかわる管理とつなげて行うことである。

しかし、HPWSと「生産性とイノベーションのジョブ型」もまた完全に一致するものではない。HPWSはどちらかといえばメンバーシップ型と日本で呼ぶものに近い。個人のやりがいを刺激しながら職務の範囲を限定せずに、チームとして協働することを促し、それを企業組織としての競争力につなげるものだ。

これまでみてきたように、ジョブ型という言葉が異なる意味で使われているということが混乱を招いている。人間らしく働くということと生産性向上・イノベーションは必ずしも同じではなく、時には対立するものであるにもかかわらず、同じジャンルのものとして扱われているのである。具体的には、企業がジョブ型を導入すれば人間らしい働き方となる、といったような誤解が生まれるということである。そこに関連性はない。

そろそろ、世界標準で話をするべき時だ。
そうでなければ、「同一労働同一賃金のジョブ型」と「生産性とイノベーションのジョブ型」が勝手に互いにいいとこ取りをしながら誤解を拡大することが続くだけだ。

同一労働同一賃金、処遇格差の改善、ワークファミリーバランスの実現

生産性とイノベーション

それぞれは補完関係だけではなくてゼロサムもあり得るということを想定した上で、実質的な議論をする時だ。


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