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カジュアルに神だのみをしようぜという話

観光地の有名なお寺や神社に行ってお賽銭を入れたりおみくじを引いたり、それこそ初詣に行くとかそういうのはわりと普通のことですね。いつだったか、出会いが欲しいから出雲大社に行ったとかいう同僚達がいました。もちろん楽しい旅行の行き先、その目的の一つとしてでしょうけど。ぼくだって子どもが受験だなんてときには湯島天神だったり、旅行先にあった学問の神様系の神社に行ったりもしたしこれぐらいは信心深いとか関係なく普通のことかなと思います。

それ以外で、地元の人がお寺だったり神社だったりの前を通るときに手を合わせたり拝んで軽く礼をしていく人がいます。それが教会でも稲荷でもだれかの銅像でも海でも山でも昔からある大木でもなんでもいいんですが、いろいろな事を神様的ななにかに任せてしまうってのはいいなぁと思うんですよね。

たぶん毎日一礼系の人は、今日も一日家族が無事に過ごせますようによろしくお願いします、今日も家族が無事で過ごせましたありがとうございました、とかそういう感じじゃないかな。

無事の反対の有事って自分で気をつけてるだけでどうにかなるものではないことが多いし、それも大事件、大災害、大事故とかなるとそうそう起こらないので、無事なのは拝んでるおかげだとか、拝んでるから大丈夫っていう安心感は続けるほどに大きくなるんじゃないか。

そういう日々のことにプラスして、その時々で一番お願いしたい、それこそ合格だったり安産祈願だったり、自分ではどうにもできない困りごとも、アクションは拝むだけってのはシンプルでいいなと。

困りごとでも自分でしっかり考えて行動していかないと解決できないこともあるでしょうけど、自分ではどうにもならないことは繰り返し考え込んでクヨクヨしたりしないで神様的な何かに任せて、楽しいことに時間を使う習慣をつける、というのが今年の目標です。

おしらせ

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