直正活動記録 五月二十一日~二十二日

世を忍ぶ仮の姿で過ごす日

五月二十二日早朝に起床
先日のまちあるき(補佐)で参加者から聞かれた疑問について調査
「松原社白磁の鳥居は昔ここになかった問題」

博識な外国の友人寓繰殿に聞いてみたが情報なし

周辺情報を調査してみる

白磁の鳥居とは
佐嘉神社(というか松原神社)に奉納されている白磁製の鳥居
案内版によると下記の通り
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白磁の鳥居
鍋島直茂公(日峰公・佐嘉藩祖)
文禄慶長の役の際、朝鮮に出兵
慶長二年、一五九七帰朝に伴い、日本の宝として焼物上手頭六・七人連れられ候と古書にありますが、
李三平氏を一団とする陶工たちが玄和二年(一六一六)有田泉山に陶石を発見
李朝と同じような磁器を焼成した.
これが今日の有田焼の基礎をなすもので、”御神祖様日峰公”をあがめ左記の方々の手により御神前に奉納されたものである。
最近地盤の変化による損傷がひどく、平成十七年五月(二〇〇五)有田、岩尾磁器会社の手により修理、
保護のため補強工作を施したものである。
明治二十三年十月吉日有田町・新村大山村二里村
製造 岩尾久吉・再物細工人 金ヶ江長作・丸物細工人峰熊一。
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陶山神社の白磁鳥居
有田の神社にも同じ白磁製鳥居があると聞いていたのでついでに調査
そうすると長崎にも同じような白磁の鳥居が

宮地嶽八幡神社 陶器製鳥居
親柱に銘があり、松原神社と同じ職人による作だとわかる
なるほど~

白磁鳥居の3兄弟
松原神社・陶山神社・宮地嶽八幡神社
ここの白磁鳥居は明治二十一年同時期につくられて各地に奉納されたようだ
製造人も三人いるし、まさに兄弟のようなものだ
これまで「ここと有田の神社ふたつしかない」としていたが、3兄弟として紹介するようにしよう

有田の陶工技術を発展させた陶祖李参平殿は金ヶ江姓を名乗っているから製造人の金ヶ江長作という方は何代目かに当たるのであろうな

そんな感じでいろんなことが判明したのだが、肝心の
「松原社白磁の鳥居は昔ここになかった問題」
これに関してはまったく情報がでてこなかった

ひとまず本日はここまで

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