アンパンマンよりもばいきんまんに親しみを感じるのは必然である

ばいきんまんがお腹を空かせていると、何かしらの料理の普及活動をしている何とかマンが歌いながら、山道を悠々と闊歩しているのを発見。

何とかマンは料理の普及活動をしているのだから、普通に頼めば分けてくれそうなものなのだが、なんとか物凄く印象の悪い方法で食べ物を奪おうとする。ばいきんまんのマジメな悪役っぷりには頭が下がる。

(実際に「よこせ」と言って、どうぞ!と笑顔で渡されるものの、常軌を逸した食欲で在庫ゼロになるまで食い尽くすなど、何とかして嫌われ役に徹する姿も見受けられる)

そんなばいきんまんの悪事の様子を描きながら、ストーリーは展開される。そこに突然、アンパンマンが登場するのだ。

アンパンマンは序盤少し手加減したのちに、バタコの類まれなるコントロールで投げ込まれた自身の顔を元気100倍で受け止める。

ばいきんまんのUFOからたくさんの触手が飛び出し、大量のハンマーを持ってアンパンマンへ突っ込み始めたら、ストーリーの終わりの合図。次の瞬間、ばいきんまんは「ばいばいきん」と言いながら空の彼方へ消えている。

これまであんなにばいきんまんに密着し、ばいきんまんを中心に回っていたストーリーは急にアンパンマンたちが主役となる。

何とかマンはパン工場で料理の普及活動に勤しみ、ジャムおじさんは得意の食レポを披露。バタコは食いしん坊なチーズのバウリンガルができる特殊能力を披露。

そしてラストにどんなにオチのないストーリーも確実に終わらせられる力を持った

「だーだーだー!っだーあああああああああ!!!!」

という効果音が鳴り響いて盛大に終わるのが「アンパンマン」だ。

***

子どもが3歳になり、アンパンマンを見る機会が増えた。

本編を見ていると気が付いたことがある。それはアンパンマン本編で意外とアンパンマンの出ている時間が短いということだ。

別に何かタイマーで計ったわけではないが、アンパンマンは中盤くらいまでばいきんまんが主人公になっているケースが多すぎると思う。

ばいきんまんの怒り、悲しみ、喜びなどの感情は非常に表情豊かに描かれるものの、アンパンマンは特に感情が描かれることはない。そんなアンパンマンには正直、親近感を感じない。むしろばいきんまんの方が親しみやすい。

そういった事情もあるためか、うちの子はアンパンマンよりもばいきんまんが好きだ。「ぺろぺろチョコ」でも必ずばいきんまんを選ぶし、何の脈略もなく「ばいきんまん!」と主張されることも多々ある。

実際、他の子も「ばいきんまん」「ばいきんまん」と言っているのをよく見かけるし、悪役のクセにやたら人気のあるキャラであるのは事実だろう。しかし、それは本編を見るとばいきんまんが好きになるようにできているのだ。何とも不思議な作品である。

ちなみに僕は三谷幸喜が好きだ。その中でも古畑任三郎が大好きだ。「殺人者もまた人間」というのがこの作品のテーマだと思う。犯人の人間らしい心情が細かく描かれる部分、そしてそれを巧みに演じる犯人役者の演技は古畑任三郎の見どころである。

アンパンマンは解決の雑な古畑任三郎なんじゃないか。

一度、なぜばいきんまんがそんなことをしてしまうのか、アンパンマンは核心に迫っていただきたい。

ドキンちゃんに下心なしであそこまで尽くせるばいきんまんが奥底から悪いやつであるとは到底思えない。しかし、たまに鬼畜の所業とも思える手段で民衆を震え上がらせるのも事実。アンパンマンも根本を絶たないと真のヒーローとは言えないと思うのだ。

来週のアンパンマンでは、アンパンマンがばいきんまんの核心に迫るのを期待したい。

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大塚拓馬

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