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自分の考えに自信が持てれば、自分の意見が言える。

自分の意見を率直に言い合うことは、人間関係の中でとても重要だ。

しかし、中には自分の意見を言うことに対して恐れを感じる人がいるのも事実。「もし嫌われたらどうしよう?」「否定されたらどうしよう?」といった不安が胸の中で大きくなる。

しかし、もし周りの人々が自由に意見を交わす風潮があれば、このような恐れも解消される。それは、みんなが真実の声を共有しているからだ。みんなが本音を語っているから、その人と同じ意見の人もいる。同じ意見を持つ仲間がいることで、自分の意見に対しての自信が芽生えるからだ。

しかし、日本の文化ではしばしば本音を隠し、反対されないように無難な意見を述べる傾向がある。そのようなことから、仮にA君が自分と同じ意見だとわかっても、B君がそれに賛同すると変に思われるかもしれないと感じて、共感を示さない場合もある。

このような風潮が広がると、人々は本音を言わなくなり、会話自体がどうでもいいものになってしまう。そして、自分自身の考えが何なのかさえわからなくなることもある。

学校教育の場では、往々にして暗記が重視され、先生の言葉を受け入れるだけの受動的な授業が多い。意見を表現する訓練はほとんど行われていない。

意見をしっかりと表現するための授業、お互いに討論するための授業があれば、その環境に慣れ、自分の意見に自信を持つことができる。

「気の強い人は自分の意見を言えるけど、気の弱い人はなかなか言えない」とよく言われる。しかし、本当に大切なのは、自分の考えに自信があるかどうかだ。自信があれば、性格が強いか弱いかに関係なく、自分の意見をしっかりと言えるようになるのではないか。

自分の意見をしっかりと表現できれば、あらゆる意味で人生が楽しくなる。そして、無駄なストレスも溜め込まなくなる。

意見を言い合うことが口論だと思われることもあるから、喧嘩のように感じて嫌がる人もいるが、それは違う。実際には口論ではなく討論なんだよ。

討論とは、意見を出し合って論じ合うこと。討論の目的は、真実や最良の解決策を見つけるため、異なる視点を尊重しながら議論を深めることだ。討論中の参加者たちは、落ち着いて他者の意見を尊重し、理解しようとする。その結果、異なる意見が融合し、新しい視点や共通の理解に至ることがよくある。

だから、自分の意見を言うことや討論することは、決して怖いことではないんだよ。みんなの未来のために、その大切さを広めていくつもりだ。そして、そうしたことが普通になるように、みんなに理解してもらえる教育や風潮の推進が、本当に必要だと思うんだ。


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