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12月のテキサス / アゲイン(その①:メニル・コレクション)

言わずもがなの、冬である。いやはや、米国北部の冬はやっぱりしんどい。当然東京より寒いし、空も終始どんよりしている。今年の初雪デーなんてハロウィンだったし。

そこで考えるのはやはり南への逃避。そう、去年に引き続き、「12月のテキサス・アゲイン」である。今回はヒューストンに向かうことにした。

とはいえ、前回の経験から「そうは言ってもそこまで温暖な訳じゃない」というのも織り込み済み。薄手のダウンジャケットくらいは着ておこう。ところがどっこい、ヒューストン国際空港に着陸すると拍子抜けするくらいの暖かさに出迎えられた。加えてスカッとした晴れ具合。期待を上回る快適さに、それだけで元気になってしまう。

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今回のテキサス訪問の一番の目的は、メニル・コレクション。レンゾ・ピアノ氏の設計で30年以上前に完成したミュージアムである。去年のホイットニー美術館やら、キンベル美術館増築棟やら、この見学記シリーズではピアノ氏の美術館ばっかり言及している気がするが、これはある意味必然で、現代アメリカの美術館建築は、本当にピアノ氏が席巻しているといっても過言ではないのだ。その原点と捉えることができるのが、このメニル・コレクションとなる。

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その名がまんま示す通り、この美術館はメニル夫妻のコレクションを収蔵・展示する施設。妻のドミニク・デ・メニル氏は、油田探査を行うシュルンベルジェ社の創設者令嬢で、まぁ簡単に言うと我々日本人には想像もつかないような資産家だったみたいだ。モダン・アートを中心に、そのコレクションの総数は15,000点に達するという。これらのアートピースのために、ドミニクは自らの意思でヒューストン郊外の住宅地にこの美術館を建設した。

レンゾ・ピアノ氏の初期代表作としてまず筆頭に挙がるのは、パリのポンピドゥー・センターだろう。今でこそシンボル的存在であるものの、完成当時はその異形さが物議を醸したというのは有名な話だ。

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それに比べると、このメニル・コレクションは対照的なくらいコンテクストへの調和を意図した佇まいで、ライト・グレーに塗られた羽目板のシンプルな箱である。たっぷり取られた外部空間はおおらかに芝生が設えてあって、のどかな公園みたいな雰囲気になっている。ちなみに、周辺を取り囲むタウン・ハウスもメニル財団の所有物で、アーティストに貸し出すために少しずつ買い上げていったものらしい。この家たちも、美術館と同じライトグレー(N-70程度)に塗られている。素朴さと上品さを兼ね備えたよい色味だ。

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この「郊外風」なボキャブラリーに対して異彩をもって絡んでくるのが、建築の肝となる羽根状の物体である。これは自然光を展示室に導くための装置で、エンジニアのピーター・ライスとのコラボレーションを通して開発された。白く塗装されたセメント製で、近づいて眺めると結構な重量感がある。

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それが、鉄の鋳物に吊り下げられている。このサポート部材、最初見た時「自転車みてぇだなぁ」なんていう間の抜けた感想を抱いてしまったが、それだけ建築離れしたインダストリアルライクなデザインであるともいえるだろう。そのさらに上にはガラス屋根が架かっており、木張りの素朴なボックスとは対照的な手の込んだ構成。これらの要素を、205mm×205mmの華奢なH鋼の柱が支えている。

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いつまで外を眺めていても仕方ないので、室内に入ろう。建物中央のエントランスから足を踏み入れると、ホールの天井には当然この羽根のシステムが続いている。実際に立ってみると、快晴の昼間にも関わらず薄暗いのが逆に印象的だった。この様子は、時間帯だけでなく季節によっても違うのだろう。テキサスという場所柄、冬の滑り込む光より、80°を超える角度から差し込む夏の日射に最適化されているのかもしれない。

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じっと見ていると気づくのが、この装置の作り出す影の複雑さ。ひと方向からの入射光にも関わらず、壁面に落ちる影は様々な角度を向いている。このために詳細な検討が繰り返されたであろうことは想像に難くない。高価な美術品を守らなければいけないから、失敗は許されない。当時は今みたいなシミュレーションソフトもない訳で、手間も膨大だったに違いない。

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「展示室への自然光の導入」というのは、今に至るまでピアノ氏が追求し続けているテーマでもある。彼の色々なミュージアムを訪ね歩いていると、言い方は悪いが、手を変え品を変えそればっかりやっていることが分かる。その原点がここにあると思うと感慨深い。

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この建築を見ていると、どことなく、というかかなり濃厚に感じることがある。それは「ルイス・カーンへの意識」。この感想は、そんなに的外れではないと思う。理由、あるいは背景がいくつかある。

ひとつには、はじめメニル夫妻はそもそもカーンに美術館の設計を依頼していたという点。計画は1972年ごろにはスタートし、ドローイングも作成されたらしいのだが、カーン、そして夫のジョン・メニルの度重なる不幸によりこれは実現しなかった。

続いて挙げられるのは、カーンの代表作として同じテキサス州にあるキンベル美術館の存在。言うまでもなく、この建築の最大のテーマは「展示空間における自然光」である。(2014年にピアノ氏が完成させた増築棟については去年のテキサス訪問記で書いたとおりだが、それはメニル・コレクションから比べれば30年も先の話だ)

そして、もう一つ重要な事実は、ピアノ氏はかつてルイス・カーン事務所のスタッフだったという点。うろ覚えだけど、「キンベル」の担当者だったという話もどこかで読んだような気がする。

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以上を踏まえて「メニル・コレクション」の羽根を眺めると、これはルイス・カーンが「キンベル美術館」で行ったテーマを、何とか異なる方法で実現しようとした結果なのだと見える。有り体に言ってしまえば、「メニル・コレクション」は、「キンベル」における奇跡的な光の表現にはさすがに敵わないと思う。しかし、「ポンピドゥー・センター」で掴んだ作家性や、自らのバックボーンをベースに、(当時)40代にしてオマージュをこのオリジナリティまで昇華させた実力には、感服せざるを得ない。

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ちなみにこの建物、平面構成も「キンベル」によく似ているし、ポルティコ状の外部空間にもどこか近しい雰囲気がある。ファサードデザインは、素材こそ全く違うものの、フレームとパネルの関係、開口の配置などにそれとなく「ブリティッシュ・アート・センター」っぽさを感じた。設計期間中、図面はもちろん、実際に訪れて色々参照したんじゃないだろうか。

「キンベル」のあるテキサスの地で、実質的に巨匠の跡を継ぐことになったプロジェクト、しかも施主は審美眼の塊ともいえる資産家のアートコレクター。実作も少なく若い建築家だった当時のピアノ氏への重圧は如何ばかりだのだろう・・・それを跳ねっ返すだけのエネルギーに満ち満ちてたのかな・・・・なんて想像していたら、あっという間に日が傾いてきた。いやはや、12月は日が短い。ふと見回すと、建物の周りには沢山の人がやって来て、思い思いに週末のひと時を過ごしている。施設全体がコミュニティに愛されているのを感じる。純粋にいい景色、いいムードだなと思った。

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