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12月のテキサス / アゲイン(その②:ヒューストン建築散歩)

前回の記事では、レンゾ・ピアノ氏設計の美術館「メニル・コレクション」について言及したが、ヒューストンは他にも見るべき建築が沢山あった。我々日本人からすると「NASA!」って感じのイメージが先行してしまうこの街だが、実際のところ全米第四の大都市で、文化的充実度も高い。

最近の見学記では、一つの建築・あるいは一人の作家について、ベッタリ、クドクドと感想を書くことが多かったが、たまには(?)淡々と建築紹介をしてみたいと思う。

Cy Twombly Gallery / Dan Flavin Installation / Menil Drawing Institute

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メニル・コレクションには、前回紹介した本館以外にも、色々な施設・見所がある。その一つが、サイ・トゥオンブリー・ギャラリー、これもピアノ氏の設計である(1995年)。前回紹介した本館に比べると随分小柄な建物で、ファサードもさらに地味?な黄土色の組積造。プランはほぼ9スクエア・グリッドと、構成としてもかなり原理的。建物から浮かんだ巨大なガラス屋根だけが目立っている。

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内部空間の印象も、本館とはだいぶ違う。当然ここも自然光を採光に用いており、その点では共通しているのだが、ここでは膜天井を用いていた。とても良かったのは、照明が全く点いていなかったところ。やや薄暗い環境の中で、巨大なトゥオンブリーの抽象的ペインティングをじっくり堪能できる。

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また、メニル財団のキャンパスのはずれまで行くと、まったく変哲のない倉庫みたいな建物を見つけることができる。実はこれも施設のひとつ。中に入るとびっくり、ダン・フレヴィンの大規模な蛍光灯インスタレーションが繰り広げられている。突然異世界に踏み入ってしまたような感覚はやはり面白い。今でこそ、〇〇芸術祭みたいなやつで倉庫や民家にアート作品をインストールするやり方は手法化されているが、ここが出来た当初はなかなか新鮮だったのではないだろうか。

(上記二件は内部撮影NGでした。公式HPで様子が見れます)

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その他には、比較的新しい施設として、ドローイングをギャラリーを擁する建物が建っていた。設計は、LAの建築家ジョンストン・マークリー。訪問時は、所謂幻想建築家に数えられるルクーのドローイングが展示されていたりして、これはなかなか興味深かった。

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また、近所にはフィリップ・ジョンソン設計の「ロスコ・チャペル」も建っている。そこでは名前の通りロスコの絵画に囲まれる空間体験ができるらしいのだが、改修中で見学することができなかった。ウームこれは残念。

Rice University

ヒューストンは、研究・医療・学術も盛んで、全米屈指の名門、ライス大学はここに立地している。折角なのでキャンパスを散策してみることにした。

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どこかコロニアル調なレンガで統一され、緑豊かな構内を歩いていると、突然異様な物体が姿を現した。なにやら古墳に着陸した四角いUFOみたいな佇まい。これ、ジェームズ・タレル氏のインスタレーションである。タレル氏の作品は、金沢やら直島やらにもあって、日本でも割と馴染み深いが、この作品がユニークなのは、建物の一部ではなく完全に独立しているところ。すると、急激にオブジェクトとしての存在感が浮き彫りになってくるから興味深い。具体的には「エッジ」である。空を切り取って見せるために、相当な鋭角で納めているか分かる。

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この作品、夜はライトアップされ、カラフルに演出されるようだ(というかこっちがメインテーマだったらしい)。なので、色々設備も収められているのだが、その作法は完全に建築のソレであった。どこかの建築設計事務所が関わっているに違いない(そもそも建築許可が要るはず)。

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ライス大学で印象的だった建物をもう一つ。このブローシュスタイン・パビリオンは、フラジャイルなディテールを纏ったミースといった風情で、重厚な風景に爽やかなアクセントを与えていた。特にいいなぁと思ったのは庇に用いられた丸パイプのルーバー。

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板材や各パイプのルーバーと違って、柔和で繊細な光を演出し、半透明な感じを与えることができる。(ちなみに、このボキャブラリーはI.M.ペイ作品やピアノ氏のNYタイムズビル、槇氏のMITメディアラボでも採用されており、いつか応用してみたいと思っている・・・)

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用途はカフェだったので、中に入ってちょっと休憩した。日曜日ということもあり、学生だけでなく地元の人たちもやってきて、(犬を連れているのでそれと分かる。とにかくアメリカの大人は犬を飼いたがる印象・・・)おおらかな感じで使われていた。

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Museum District

ダウンタウンの南側には「ミュージアム・ディストリクト」と呼ばれるエリアがあって、そこには沢山の美術館・博物館が並んでいる。そのうちの幾つかは建築的見どころでもある。

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ひとつは、「グラッセル・スクール・オブ・アート」で、スティーブン・ホール氏設計による割と最近の作品である。思い返せば、僕はホール氏の建築は意外と訪ねていて、米国内の実作はもちろん、日本国内(福岡ネクサスワールド、幕張ベイタウン)や、何なら北京の建物(リンクト・ハイブリッド)も見たことがある。それらの体験から抱いていたホール氏のイメージはどちらかというと工芸的で、大規模建築であってもヒューマンスケールに寄せていくような印象だったが、この「スクール・オブ・アート」では、そんな思い込みが覆された。

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「大味」ギリギリを攻めるようなファサードデザイン、屋根をズンズン登っていける(まるでBIG作品にでもありそうな)構成、そして直天仕上げに設備露出。ズコーンと抜けたエントランスホールのデザインはかなりブルータルでクールだった。

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一方で、いかにもホール氏らしい細やかなディテールも所々散りばめられているからユニークなバランス感覚だ。コーナーからガパっと開く扉のデザインは他の建築でも見かけることができるが、これなんかは結構発明的だと思う。元ネタがあるのだろうか。

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「スクール・オブ・アート」の隣には、同じくホール氏の設計で、新しい建物の現場が進行していた。丁度外装工事の途中で、コンクリートの躯体に、カマボコみたいなガラス?のパネルが取り付けられていた。設計者としては、こういう現場をみれるのがむしろ貴重だったりする。

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ホール氏は、大建築を次々と手掛ける今でも、自らの水彩スケッチを設計の端緒としているらしき話をどこかで聞いたが、そういう意味(設計スタイル)では、彼こそが「現代最後の巨匠」と言えるのかも知れない。

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「巨匠」といえば、このエリアには、ミースの建物も建っている。それが「ヒューストン美術館ロービルディング」である。この建物は、ミースの実作としてはかなりの変種で、曲線プラン・しかも増築計画となっている。なぜ曲線なのかというと、敷地及び既存建物の放射形状を引っ張っているからだ。

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建物のスタイルは「IITクラウンホール」に近く、ユニバーサルスペースを巨大なビームで吊っている。サッシュ割は、クラウンホールに比べるとずいぶんシンプルな四等分。中に入ってギョッとしたのは、2階展示室のスラブの薄さ。300mmくらいしかない。梁や照明をどのように処理しているのだろう。とにかく、これだけ薄いと、黒い弧が空間をスパッと切り裂いているように見え、普通の吹き抜け空間とは全然印象が違う。

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展示室自体はというと、エキシビジョンの都合で仮設壁が多く、窓もカーテンも全閉だったので、思うようにその空間性を感じることが出来なかった。クラウンホールに匹敵するような衝撃を期待していただけに、仕方ないけれど、ちょっと残念。

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「ロー・ビルディング」から道を挟んだ向かいには、もう一棟美術館の主要建物が構えていて、それが「オードリー・ジョーンズ・ベック・ビルディング」、こちらはラファエル・モネオ氏の設計である。

モネオ氏設計の建物を見学するのは、LAの「マリア大聖堂」以来、個人的には2件目である。大聖堂を見学したときは、コンクリートによる空間造形のあまりの巧みさに仰天してしまった思い出がある。

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翻って、いま目の前にある美術館の外観は、とても地味である。プレーンなライムストーンの外装材であくまで抑制的に纏められており、知らないと美術館であることすら見過ごす可能性がある。唯一気になるのは屋上にくっ付いている物体で、ルーバー付きのハト小屋みたいな筐体がポコポコと露出している。

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まあそれは置いといて中に入ると、そこには地味な外装とはコントラストをなすような壮大な空間が広がっている。といっても、飛び道具的な演出はどこにもなく、ただただプロポーションと光、そして多少の仕上げ操作が突き詰められている。水平に広がるミースの空間に対して、ここでは縦方向に意識が向かうのも対照的だ。

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展示室のプランもある意味ミースと対極で、「ロー・ビルディング」のユニバーサルスペースに対して、こちらはあくまで古典主義的な構成をなぞっている。当然このモネオ棟が後年完成したものであるから、退行的という見方すらできる。

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思うに、モネオ氏の歴史的射程はモダニズムよりずっと深く、彼の作品はオーセンティックな西洋建築史の、かなり広範な知識と考察に基づいているのではないだろうか(実作そんなに見てないのであくまで推測です)。プランだけでなく、なんかスケール感とかにも、モダニズムとは違った原理性みたいなものを感じるのだ(端的には建具の寸法など。平気で高さ5mくらいあった)。こうなってくると、東洋の島国育ちではとても勝てる土俵ではないな・・・とすら思う。

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ギャラリーの天井を見上げると、大分高い位置からやさしい光が降ってくる。側面にはルーバーがついていて、適宜日射はフィルターされている。どうやら、外観に現れた筐体の正体はこれらの採光装置だったようだ。

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こんな感じであれこれ見ていたら、今日も日が傾いてきた。そろそろ空港に向かわねば。ヒューストンは、(アメリカにしては)都市機能が集約されており、レンタカーを借りずにこれだけ沢山の建築を見ることができた。ダラスやフォートワースも含めれば、テキサスは建築好きにはなかなかお勧めできる旅行先かもしれない。

あ・・・そういえば、建築見るのに夢中で、一番の名所であるNASA宇宙センターに行くのを忘れていた。。。わざわざヒューストンに来てここをスキップする観光客なんて滅多に居ないだろうなぁ。。。まぁ、次の機会ということで。

(おわり)

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