見出し画像

12月のテキサス : 水と素材と光と (その③・・・レンゾ・ピアノの美術館2題)

「先達の作品から学び、模倣しなさい」・・・・建築学科にいた頃、頻繁に耳にした言葉だ。意外かもしれないが、建築の設計・デザイン教育の場では、マネすることの重要性は思いのほかよく説かれる。が、頭のカタイ学生だった僕はなかなかこの言葉が飲み込めなかった。「マネなんかしたらオリジナリティが殺されちゃうんじゃないの?」って。「模倣」と「創意」が共存しうる、ということがサッパリ理解できていなかったのだ。

キンベル美術館・増築棟
この、模倣あるいは一種のオマージュと、創意・オリジナリティのバランス感覚を学ぶうえで、ある意味格好の事例といえるのがキンベル美術館の増築棟だ。設計者はレンゾ・ピアノ氏。ホイットニー美術館の記事でも紹介したが、有名建築の増改築プロジェクトを実に多く手掛けている。かといって、氏の建築が無個性で地味なのかといえば、当然そんな訳はない。なんといっても出世作はパリのポンピドゥー・センターだ。それ以来、ハイテク建築のシグネチャーを維持しつつ、ずっと世界建築界のフロントランナーを走り続けている。

早速だがこの建築、どの辺に模倣あるいはオマージュがあるのかをまずは見てみたい。第一に配置計画。ルイス・カーン設計の本館に向き合う敷地を与えられたこの増築棟の建ちかたは、まさに韻を踏むような関係にある。この関係性は、航空写真を見ると分かりやすい。どちらにも共通したリニアな形態が特徴的だ。

次いで構造スパン。配置のありかたを引き継ぐことで、必然的に構造も長手方向に梁を飛ばす方式が継承されている。そして内部空間。自然光を展示空間に取り入れるという意味においては、この増築棟もカーン棟とテーマのうえで共通している。要するに、カーンが1972年に創り出したデザインとコンセプトの骨格となる部分を、この建築は忠実になぞっている。まさに、既存への敬意を感じる佇まいだ。

では、ここからは、既存に忠実なフレームワークを土台にして、建築家がどのように作家性を表現していったのかを見てみよう。

何にも増して特徴的なのが構造システム。先述のとおり、この増築棟の構造スパンは向かいのカーン設計棟と韻を踏んでおり、その長さは長手方向に約30m。一方構造種別は異なり、カーンの鉄筋コンクリートに対して、こちらはコンクリート・鉄・木のハイブリッド構造だ。ロングスパン梁にはカナダから運ばれてきたという木の集成材が用いられており、かなりアクロバティックでインパクトがある。カーン棟のエンジニアリングが、一種巧妙に隠されていたのとは好対照だ。

一見して分かるとおり、空間性も対照的。クローズドでボンヤリと明るいカーン棟に対して、こちらはオープンで透明、とにかく明るい空間だ。既存とのコントラストを狙ったと思われる。展示空間を遮光したいときはロールスクリーンを用いる仕組み。(見学に行ったときは、バレンシアガの黒い服・・・・今のデムナ氏ではなくてクリストバル・バレンシアガ自身の作品・・・・ばかりを集めたなんとも個性的な企画展をやっていたのだけど、その部屋は展示のコンセプトに合わせてバッチリ「黒い」展示空間が設えられていた)

明るさと開放感は、基本的には鉄とガラスの賜物。そして、コンクリートとは違って、鉄の構造体には必然的に「ジョイント」が発生する。で、この建築、ジョイントの扱いがとにかくすさまじい。大変な気合の入りようが伝わってくる。内外ともに機械のように組み合わされた鉄骨ワーク、これはとてもじゃないが普通の管理(監理)じゃ実現できそうにない。どうやって詳細設計や製作・施工のマネジメントをしたのか、本当に気になる。

キャノピーや風除室といった建築の各部分も、ガラスと鉄を高度に組み合わせてかなり尖ったデザインを実現している。ロールスクリーンなんて、よく見たらガラスリブにくっ付いていた。ここまで来ると、最早マニアックな領域に思えないこともないが。地震のある日本で同等のデザインは実現できるんだろうか。

ちょっと近視眼的になりすぎた視点を戻して、、空間全体に目を向ける。先述の通り、この建築は光が満ちていて、明るい。これはとりもなおさずカーンとピアノ氏の自然光に対するスタンスの違いを表していて興味深い。はっきり言って、光の扱いの技巧性、その既視感のなさにおいては、カーン棟に軍配が上がる。半透明のガラスとスクリーンで光をフィルタリングするピアノ氏の方法は、それに比べると幾分リテラル。だが、そこには数々の展示空間を手がけてきたピアノ氏の手法的蓄積に基づく安心感みたいなものがあるし、何よりカーン棟最大の「見せ場」とケンカしないという敬意を感じる。自身の作家性も発露しつつ、この辺の引き具合の上手さが、ピアノ氏をして多くの重要な増築プロジェクトを任される理由(の一つ)なのかもしれない。

最後に、興味深くもあり、かつ理由が分からなかったコントラストを一つ。それはコンクリートの色。これまた意外かもしれないが、コンクリートの色というのは単なるグレーではなく、建物によって結構色味が異なる。現に、カーンは火山灰を加えてコンクリートに黄色味を加えていたことを前回の記事で述べた。で、こちらの増築棟のコンクリート、青白いのである。設計事務所のプロジェクト紹介でも"pale concrete"と明記されている(※1)ので、意図されてのものらしい。ピアノ氏がカーンの「黄色いコンクリート」へのこだわりを知らなかったとは考えづらい。なぜなら彼はかつてカーン事務所のスタッフだったのだから・・・・どんな思考がこの判断の裏にあったのか、気になるところである。


ナッシャー・スカルプチャーセンター
実は、フォート・ワースからDFW空港を挟んだ反対側のダラスにも、レンゾ・ピアノ氏の美術館がある。施設名はナッシャー・スカルプチャー・センター。2003年竣工なので、キンベル増築棟(こちらは2013年)より前に完成したプロジェクトである。カーンの傑作に向き合う、という気合が否が応でも感じ取れる先の建築に比べて、こちらは大分ハンブルな雰囲気である。が、気が抜けているという意味では当然ない。

この建築の構成はとても明快だ。壁が6枚並んでいて、その間が内部空間。壁面は大理石で被覆されている。石はイタリア産トラバーチンらしいのだけど、よく目にするソレとは大分風合いが違ったような。

屋根は全面ガラス。壁面から張り出されたワイヤーで吊るして支持する仕組み。この美術館は彫刻の展示に特化しているので、室内に日光が入ってくるのは基本的には問題ない(センシティブな作品は地下に展示できるようになっている)。だが、南からの直達光はまぶしいし、暑い。なので、北からの柔らかい天空光だけを内部に導き入れるように、トップライトの上部はシェードで覆われている。鋳物で製作されたこのシェード、工芸品のように美しい。一見パンチングメタルのようでありながら、角度によって見え方の異なる立体的な造形なのが面白い。直射光を遮るだけなら、押型材のルーバーみたいな、もっと簡単な機能的解決もあっただろうけど、この意匠のおかげで、展示空間に均質に広がる、優しい光が実現している。

同じ建築家の作品をたて続けに見ると気づくこともある。例えばサッシ。設計期間が10年隔たっているという理由も大いにあるだろうが、キンベル増築棟とこの彫刻美術館では、ディテールのありようが大分異なる。テクトニックなジョイントを前面に押し出していたキンベルに比べ、こちらはかなり大人しいイメージでまとめられている。その分、部材の細さやビスの位置に細心の注意が払われている印象。色も暗めのグレーメタリックで、ざらざらした手触りの粉体塗装で仕上げられていた(こっちに来てから見るのはじめてかも)。

最後に紹介したいのが、この階段。とってもシンプルなので、殆どの来訪者は、とりわけ注目することもないだろう。が、すっきりと薄い段板、壁とのスマートな取合い、滑らかな木製手すりの造形、そしてガラス角部の曲面取りなど、細部の全てに至る設計者の配慮(と施工者の技術)が、ここには凝縮されているように感じた。「さり気なく見える」まで苦心して考え抜かれたディテールに違いない。

建築家・設計者の持つ高度なデザインの力量、それを実現に導くエンジニアリングと施工の技術力。この両者をハンブルな表現のなかに凝縮したこの階段は、現代建築における「エレガントさ」の一つの解答なんじゃないか。そんなことを思いつつ、監視係のおねーさんに半ば怪しまれながら、一人感動して彫刻をよそに階段をずっと眺めていたのであった。名作と対峙する気合が充溢したキンベル増築棟ももちろん良いが、デザインに対する、こんな情熱の向け方も素晴らしい。

※1 RPBW Website : Kimbell Art Museum Expansion
          http://www.rpbw.com/project/kimbell-art-museum-expansion

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?