聖夜のチキンレース
混雑する百貨店、長く退屈な行列のなかに、彼女の姿を見つけました。相変わらず、髪は肩まで。相変わらず、腕を組む癖が抜けてない。相変わらず、僕は彼女の後ろにいる。そして、君はふいに振り返る素振りをみせて……。
なにが我々の関係を割いてしまったのかと、そんな思考が浮かんでは、あまりの女々しさに嫌気がさす日々が続いています。というのも、やはり冬の寒さ、侘しさ、人恋しさは誰しもが共通に受け取るもの。公平に訪れるものという気がして、今まさに街全体で鳴り響いている、「クリスマスソング」を聴けば、やはり某夫婦の手のひらで踊らされるがごとく、普段は凡庸な僕でも、昔の恋人……というのは君の事だけれど、そんな切ない気分になるのだから少し困ったものです。
さて、仕事終わりです。久しぶりに雪が降ったせいか、街の賑わいはいつにも増して明るく僕のような独身は、どうにも凍える寒さです。
サンタの格好をして、売り込みをする女性。横にはトナカイの姿。彼は……いや、着ぐるみの外からは、彼か彼女かは分かりません。でもちらちらとサンタの方を向く、その動きに孕むわずかな後ろめたさというものが、僕にある種の確信を持たせたのです。
──トナカイ、君は決して悪くないぜ。
彼等の背後には百貨店、駅前の一等地に立つ大きな店です。客の出入りがあるたびに、独特の芳ばしい匂いを飛ばし、クリスマスの名にそぐわぬ立派な七面鳥の姿を、思い浮かべずにはいられない僕です。
「お兄さん、地下に降りてみてよ。今日だけは手ぶらで帰ったらダメだよ」
華奢なサンタがそう誘うものだから、僕もまたトナカイのように鼻を伸ばし、
「そうか、確かに手ぶらで帰るのはマズイな」
となってしまうわけです。哀れです。だが、今日くらいはそれで良いのです。
エスカレーターに乗り、匂いのもとを辿る。地下の広場には、まさにお祭り騒ぎです。隅から隅に特設店が並び、そのいずれもが同じものを販売しています。そう、
「クリスマスには、ローストチキン! 家族、彼女に、彼氏に、友に。クリスマスチキン!」
想像通りのチキンです。
サンタの助言を受けた僕は、いそいそと空いてそうな店の列に並んだのですが……。
さて、仕事終わり。誰かに似ているトナカイの姿を哀れに感じ、なんとなく百貨店の地下に降りたはいいものの、まさか背後に彼の姿があるとは思わない。
……とはいっても、既に別れて一年が経つわけで、変に考え過ぎる癖がいまだに私から抜けきらないらしい。別に、いいじゃない。今となってはアカの他人で、目が合えば軽い挨拶で済ませれる関係。それが、私達でしょう。
ふいに手が動く。髪をとかす、手鏡をみる、携帯をチェックして、首をまわす。そのとき、一瞬、ほんの一瞬で彼の姿を捉える。
──なるほど、クリスマスに独り、ね。
寂しい奴め。でも、私もそうだ。
別れを切り出したのは、こちらからだった。理由はなんだろう。ただ一緒にいて、心地が良かった。それだけの感情から生まれる恋に、ふさわしい別れだった。だから、理由も忘れた。仕事に力を入れ始めた。友達と時間を忘れて遊びまわった。男に声をかけられる事も、幾度となくあった。受け入れたものもあれば、拒絶したものもあった。いずれも、悲壮感が欠如した別れとなった。彼との関係もそう、そのはず。
ふいに手が動く。髪をとかす、手鏡をみる、携帯をチェックして、首をまわす。そのとき、一瞬、ほんの一瞬で彼の姿を捉える。
──やっぱり、彼は独りらしい。
聖夜が私の肩を叩く。強く、切実に、叩く。
でも、こちらからは声をかけてあげないよ。
どうしたものか、と考えます。さきほどから僕の横を、チキンをぶら下げた客が通り過ぎていくなか、僕はどうしたものか、と考えます。
このままでは、クリスマスに染まった彼女と対面してしまうのは必至、そのときに果たしてなにを弁解すれば良いのでしょう。
……弁解? そうか、我々が別れた理由は、こんな卑屈さにこそあったのかもしれない。
今では、いや当時も対等の関係であったにもかかわらず、僕はやはり彼女に遠慮していたのかもしれない。気が強く、思った事を口にしてしまう君のことだから、僕はどこかでつい責められている気分になっただけかもしれない。
ふいに身体が動く。髪をとかす、目を細め、携帯をチェックして、首をのばす。そのとき、一瞬、ほんの一瞬で彼女の姿を捉える。
──そうか、君は独りらしいな。
チキンを買う彼女は、誰のもとへ帰るのだ。
少し癪な僕は、声を出すのも嫌がっている。
それでも……。
僕の部屋で、チキンにナイフを入れる瞬間、君のにやけた表情を見て、聖夜のチキンレースに敗北した事を察した。
しかし、良い負けっぷりの褒美として、素直な笑みを浮かべる可愛らしいサンタの、良い酔いっぷりを目に焼きつけられるわけだ……。
乾杯! たとえ、明後日が独りだとしても。
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