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【短編小説】放射冷却

今日は本当にやるきがないので、6年前に書いた1時間ライティングの小説をサルベージしてお茶を濁します。6年前なの2度見しちゃったな。制限時間内に書いたことに意味があるので再公開にあたり手を入れることはいたしません!!!きびしい!!!

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「さえちゃん、ねぇ、今日はいけるんじゃない」


りおちゃんが私に耳打ちした。わたしはそっと目の前の雪の山に足を乗せた。今年買ってもらった赤い長靴だ。口のところに黒いひもが通っているのが気に入っている。いつもならずぶずぶとうまっていくそこはつるりと固く、わたしはうなずいてみせた。朝七時の道に人通りはない。


 いつもなら通ってはいけない、広いたばこ畑と、よその家の庭が、数日前から降り続き、積もった雪でひとつづきにつながっている。上を通っていけたら、学校への近道になるはずだった。


 足をかけて、息をつめ、体重をのせる。さくり、と軽い音がしたが、白いかたまりはわたしの重さをちゃんと受け止めてくれた。ゆっくりとしゃがんで、りおちゃんの方へ手をのばす。わたしの赤い手袋をした手を、りおちゃんの指先を真っ赤にした手がとる。りおちゃんも大丈夫だった。わたしたちは真っ白でなだらかにつづく畑を見渡した。


「すごい」
「すごいね」


わたしたちはささやきあう。見上げた空は、雲ひとつないどこまでも真っ青だった。ただ、東の方の空だけがぼんやりとミルクを流したように白い。
 わたしたちは雪の上を歩き出した。さくり、さくりと足元で音がする。


「ねぇりおちゃん、どうして今日、しみわたりができるってわかったの」
「朝お母さんが言ってたんだ。晴れた夜の次の朝は、すごく寒くなるんだって。ほうしゃれいきゃくって言うんだって」
「ほうしゃれいきゃく」
「ほーしゃれーきゃく」


わたしたち、楽しくなってきて、わらいながら雪の上を、学校に向かってずんずん歩いた。だれかと一緒に悪いことをするのはとても楽しい。りおちゃんは鼻の先も真っ赤だった。鼻の先から寒さがしのびこんできて、耳のほうへと伝わっていく。ああ、先生が耳と鼻はつながっているって言っていたのは本当だったんだな、と感心したその時、右足の下で大きな音がして、体が大きくかしいだ。


「さえちゃん大丈夫?」

右足が、太もものあたりまで雪にうまっていた。


「大丈夫」

左足に力をこめる。すると、左足の方も少しずつ雪の中へとすいこまれはじめた。

「さえちゃん」

りおちゃんが手を伸ばして、わたしをひっぱろうとしたけれど、すぐに、それはやめたほうがいいことに、二人とも気づいた。りおちゃんは、泣きそうな顔をした。わたしはどんな顔をしていたかわからない。右足も左足も、ひどく冷たかった。雪の下の方の、ぎらぎらとした氷の粒がちくちくと痛かった。

「まってて、先生呼んでくる!」

りおちゃんが、学校の方へ向かって歩き出した。何度も何度もわたしをふりかえった。わたしは、りおちゃんの家も共働きで早くに家を出ていることを思い出していた。

「りおちゃんも気をつけてねー」

わたしは小さくなっていくランドセルに向かってさけんだ。りおちゃんがちょっとふりかえったような気がしたけれど、声は一面の雪にすいこまれていった。

右足も左足もつめたい。何度か脱出をこころみて、やめた。わたしは雪の上で、おそろしいほどにひとりだった。夕方家にひとりでいるときも、教室にひとりでいるときも、こんなにもわたしがひとりであることを感じたことはなかった。風が吹いていた。静かだった。空を見上げると、やっぱりびっくりするほどに青かった。


りおちゃんが帰ってくるまでに、どれぐらいかかるかしら。

右足も左足も、もうどこまでが雪でどこまでが足なのか、よくわからなくなっていた。わたしはそのさらに下の、たばこの葉や、土や、その下の虫なんかのことを考えた。黙ったままで雪の中につったって、風にふかれていたせいで、くちびるがくっついていた。わたしは、びっくりするほど、わたしを、わたなべさえではなくて、雪や土の一部だと思った。頭の上の空はやっぱりどこまでも青くて、このあいだ道徳の授業で見たアニメ映画の、大昔の外国に生きていたセリヌンティウスという人の上にも青空があったのかしらと思いながら、わたしは雪の上にひたすらにひとりだった。


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