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読書の時間~『52ヘルツのクジラたち』


読んでいる間ずっと、胸の中ザワザワして、胃が痛かった。

過去に虐待を受けながら、義父の介護をし、自分の人生を搾取されてきた女性・貴瑚。まず主人公の境遇だけで胸がザワザワしてしまう。

彼女は最初、感情をあまり露わにするタイプでないのだろうと思った。しかし、『ムシ』と呼ばれる少年との出会いから、彼女に対するイメージは一変した。

人とあまり深く関わらないようにしていた彼女だったが、少年のことはどうも見離せない。見離すどころか、自分から関わっていこうとするのだ。

それには、彼女の人生に大きな影響力を与えた人物・アンさんの存在が大きかった。

誰にも聞こえるはずのない声を出し続けていた彼女。もうどうでもいいと諦めていた彼女の声に、アンさんが耳を傾けた。だから彼女は、少年の声に耳を傾けるのだ。

少年の声はきっと、誰にでも聞こえる声ではない。誰にも聞こえるはずのない声を発し続けていた貴瑚だから聞こえるのだ。アンさんに声を聞いてもらった貴瑚だから聞こえるのだ。

きっとこの世の中には、恋人、友達、以外にも、『名前をつけられない関係』が存在する。その存在こそが、魂の番、ということもあるのかもしれない。

名前のつけられない関係は、視点を変えると妙な関係ともいえる。周りからしてみたら奇妙な、不気味な関係かもしれない。でもその関係には、少し憧れる。

この物語で、第1の人生、第2の人生、と、人生を区切る場面がある。貴瑚の中で、母親と義父は第1の人生の登場人物だ。それはできるようでなかなかできなくて、人生を終わらせるときの貴瑚の苦しさが、とても切なく、リアルだった。

物語を読んでいる第三者からすれば、ひどい扱いを受けていたのに、こんなにも家族にこだわるのか、と思ってしまう部分もある。それでも、貴瑚は、母親のことが大好きだった。それがとてもリアルで、泣けてしまった。

いくら人生を終わらせても、過去は変えられない。簡単には自分も人も変わらない。それでも、抱えながらでも、違う誰かと人生が交わることで、良くも悪くも運命は変わる。

このような物語を読み終わったあとはいつも、人はやっぱりひとりでは生きていけないのだと実感する。そして、人に向けた刃は、一生消えることがない。

私は、正直人に対して結構希薄なほうだ。連絡を取りあう友人は数える程しかいないし、マメでもない。でも、だからこそ、その数える程の友人が、何か人生の淵に立たされているようなことがあれば、そっとその声を聞きたい。上辺だけではなく、大切にしたい。そんなふうに思った。

こう書くとめちゃくちゃ暗い話?という感じだけど、そんなことはない。スラスラ読めるし、中盤からはずっと、2人の幸せを願いながら読めるはず。

凪良ゆうさんの『流浪の月』が好きな方には、きっと響くお話だと思う。



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