見出し画像

読書の時間〜『キネマの神様』

インターネットが好きだ。

『キネマの神様』/原田マハを読み終わってすぐにそう思った。

この感想は、この物語にふさわしい感想なのかはわからないけど、それでもそう思った。

舞台は少し昔の日本。…と、アメリカ。いや、世界。だと私は思っている。

インターネットは普及しているものの、今のようにTwitterやInstagramが当たり前、のような時代ではない。

物語は、39歳独身の女性・歩がマンションの管理人室でDVDを観ているところから始まる。

歩はある理由で大企業を退職し、心筋梗塞で倒れた父・ゴウの代わりに管理人室を守っていた。

ゴウと歩は、お互いに映画が大好きだ。管理人室で、歩はゴウの書いた『管理人日誌』を見つける。そこには映画の感想がびっしりと書かれていた。

歩は、ふと思い立って、チラシの裏に映画の感想を綴る。それを見つけたゴウは、映画雑誌『映友』が運営するブログに、歩の感想文を投稿する。

歩は『映友』の編集部で働き始めるが、ブログの管理人が気に入ったのは歩の文章ではなく、ゴウの文章だった。ゴウはブログに映画評論を書くことになる。


実は、ゴウは依存症になるほどの大のギャンブル好きだ。『ギャンブルをやめさせるには、他のことに打ち込ませるしかない』という歩の心情もあり、途中までこの物語は父と娘の再生、家族の絆の話なのかな、と思って読んでいた。

その部分ももちろんあるのだけれど、私がどんどんのめり込んでいったのは実は後半からだ。(前半ももちろんおもしろい。おもしろすぎて手が止まらず、夜ふかししてしまった)

後半では、ゴウの投稿に反対の意見を書き込むアメリカ人が登場する。この彼と、ゴウのインターネット上のやり取りこそが、私の胸を強く打った。

本名も知らなければ、顔も知らない。ましてや彼らは翻訳を通して話している。それでも議論を繰り返しているうちに、"友達"になることができたのだ。

昔、私もインターネット上の中で友達がいた。もちろん今のほうがたくさんいるけれど、その時代の友達は、なんだか違う気がした。

今から18年ほど前、自分のホームページを作るのが流行していた。ホームページはとても気楽に作れて、そこではアーティストの応援をしたり、自分の文章を連載したり、いろいろなことができた。そりゃあ今のほうがもっともっと手軽に、いろいろなことができるけど。

その中で『BBS』というものがあった。掲示板だ。そこでみんなは意見を交換し合ったり、友達になったりする。

実は私も物語を書くHPを運営していたことがあった。他のHPを運営している管理人にすごく憧れていた。彼女は同い年だったのだけれど、とても文章が上手だった。心情を書くのがうまくて、私は彼女の物語を夢中になって読んだ。

そして、意を決して彼女のHPのBBSに投稿した。今考えるとめちゃくちゃ不躾なんだけど、感想と、短編の物語を書いて投稿したんだと思う。彼女から返信が来て、すぐに自分のHPやメールマガジンで私の物語を紹介してくれた。

そこからは私のHPもアクセス数が伸びて、ランキングサイト(これもめちゃくちゃあった)で1位をとることができた。彼女は北海道に住んでいて、私は神奈川県に住んでいた。

今思えば、会うことだってできるのに、私たちはそれを選ばなかった。高校生だからということもあったけど、会わないほうがいい気がしていたから。

『キネマの神様』を読み終わって、いちばんに、彼女のことを思い出した。

彼女とは、受験も一緒に乗り越えたし、夢も応援し合った。どちらが先か覚えていないけど、彼女も私もHPを閉鎖してからは、連絡をあまりとらなくなった。確か大学入学とか専門学校入学とかで、環境ががらりと変わったことが原因だと思う。

今は、SNSが普及していて、もう少し気軽に人と友達になることができる。普及しすぎて、いろいろな問題もある。

あのときは、いくら匿名といっても掲示板に書き込むのは勇気がいるものだったし(少なくとも私は)、離れて住んでいて、顔も本名も知らない人とやり取りをすることだって、本当に現実離れしたすごいことだと思っていた。

何も知らないのに何が友達だ、って言われることもあった。

でも、私たちは友達だった。

ゴウとアメリカ人の彼は、高齢でありながらインターネットの世界を楽しんでいた。自分の好きな映画や家族のことは知っていても、本名や詳しい住所なんて知らない。近くにいる浅い関係の人よりも、ずっとずっと心が近い友達なのだ。

そんな出会いが私にもあったことを思い出した。彼女は今どこに住んでいるんだろう。夢は叶えられたのだろうか。結婚はしてるのか、子どもはいるのか。今どんな本が好きなんだろう。

この本を読み終わったあとに、誰かの顔(顔知らないんだけど、あえて顔と言いたい)が浮かぶのは、すごく幸せなことなんじゃないかと思った。

今や簡単に世界中の人と繋がれる。匿名で好意的なことも誹謗中傷も簡単に書くことができる。匿名を武器にして、いろいろな人を攻撃できる。死に追いやることさえも。

インターネットは、世界を広げてくれるものだ。狭い狭い、自分の見えている世界から飛び出せるものだ。その気になれば海外の人とだって簡単に友達になれる。簡単に、誰でも使えるからこそ、悲惨な出来事も起きてしまう。

それでも、こんなに素敵でやさしい出来事だってたくさんある。若い世代はもちろん、インターネットでつながることに慣れてしまった人たちにぜひ読んでほしい物語だと思う。

公開予定の映画も、映画館で観ようと思った。

この記事が参加している募集

読書感想文

いただいたサポートは勉強用・読書用の本購入に役立たせていただきます。読んでほしい!という本があればこっそり教えてください✩.*˚いつか連載を持ちたいのでご協力よろしくお願いします!