刃渡り10㎝の宇宙人

ここに鋭利な刃物があり、これはエイリアンである。これはジョークではない。ジョーズでもない。これは紛う事なきエイリアンであり、そして鋭利な刃物である。

彼、と呼んで良いのかは分からないが、ここでは便宜上彼と呼ぶことにする。

我々人類の知見の外からはるばる地球へやってきた彼は、偶然にも地球で「果物ナイフ」と呼ばれる刃物と同じ形をしていた。形だけでなく、性質もおそらく同じであった。彼は果物を切るのに適していた。彼は私の家の台所で、林檎の皮を剥くのに重宝されている。

ここでいう「エイリアン」という単語は、日本語に翻訳するのであれば「宇宙人」と直されるのが最も適当であると思うが、彼は宇宙「人」ではない。彼は人ではなく、ナイフである。人ではないからといって、彼が「宇宙ナイフ」と呼ばれるのかどうかは私の知るところではない。そもそも、なぜ「宇宙人」という単語が生まれたのかは甚だ疑問である。なぜ、まだ見ぬ未知の生物を、人という名で冠しているのだろうか。本当に地球外生命体が人間と同じ様な形をしているとでも思っているのだろうか。

私は彼がエイリアンであるということに確信を持っている。エイリアンであるという証拠はない。ただエイリアンでないという証拠もない。オカルト話がその妄想を真実だと主張する時、度々それが真実でないという証拠もない等と吐かすのであるが、そうでない証拠がないことが、そうであるという証拠にはなり得ないということを私は理解している。けれども私は、そうした論理性の欠如したオカルト話と同じ形式の主張をする他に道はない。理由はとても簡単で、他に言い分がないのである。

それでも私は彼がエイリアンであるということに確信を持っている。彼らは地球にやってきて、自らの利便性をアピールしている。その刃で林檎の皮を剥かせることによって。あるいは野菜をスライスさせることによって。時には飾り切りをさせることによって。そうすることで彼らは繁殖に成功している。人間にこれは便利な物だと思い込ませることで、人間にそれまでよりもさらに大量の果物ナイフを生産させ、自分達をその中に紛れさせている。同じ形、同じ性質をした彼らは果物ナイフと一緒くたにされる。地球は果物ナイフで溢れるようになり、彼らが少しずつ増殖したところで、私達は気づかない。果物ナイフであると思っていたものが、実はエイリアンであるという恐れを考えることもない。世界に流通する、半分の果物ナイフは実はエイリアンであるということに、殆どの人間は気がつくことはない。
果物ナイフだけではない。彼らは繁殖する中で、様々な種に派生する。出刃包丁に、牛刀に、刺身包丁に、パン切りナイフに、適宜にその形を変え、人間の住処に潜入しようとする。まんまと騙された人間は、台所に彼らの住処を提供している。かくいう私もそうであり、私にその刃で林檎の皮を剥かせることと引き換えに、彼を台所に住まわせている。

彼らの目的はなんだろうかと私は考える。なんのために地球にやってきて、なんのために繁殖しているのだろうか。私は想像する。妄想する。
彼らは繁殖しながら少しずつ、何かの皮を剥いているのではないだろうか。私の、あるいは私達人類の、もしくはこの地球の皮を、少しずつ、少しずつ剥いているのではないか。
なんのために皮を剥くのかという問いに対する答えを、よく林檎の皮を剥く私は知っている。無論、食べるためである。彼らは皮を剥き、食べやすいようスライスして、一丁前に飾り切りをして、食べるつもりなのかもしれない。この地球を、まるごと。
しかして彼はその刃で私に林檎の皮を剥かせている。人間に地球の皮を剥かせている。いつしか私は林檎を食べる。いつしか彼らは地球を食べる。いつしかはいつか分からない。

これはただのオカルト話である。私の妄想である。あるいは私達の未だ知らない事実である。パンドラの箱に入れられた真実である。どちらなのかは誰にも分からない。
しかし私は構わない。これがただの果物ナイフでも。地球を食べにきたエイリアンだとしても。
私は林檎の皮を剥ければそれでいい。



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