羽毛布団の味

目が覚めると、白い髭を入道雲のように蓄えたサンタクロースが私の顔を覗き込んでいた。

ん、サンタ?今って、何月だっけ。

枕元に置いてあるスマートフォンで日付を確かめてみる。『3月32日』。3月にそんな日付があったかどうかは定かじゃない。定かじゃないっていうか、ない。なかったはず。あれ?私の記憶が定かじゃない。3月って何日までだっけ。スマートフォンが32日って言ってるんだから、32日まであるんじゃない?やっぱり定かじゃない。ま、いっか。

というか、いい加減顔が近いなこのサンタ。私は寝起きの声で訴える。
「あの、邪魔なんで退いて頂けませんか?」
丁寧なのか乱暴なのかよくわからぬ物言いですね、私。するとサンタは何も言わずに、私の顔をじっと見つめたままムーンウォークで華麗に部屋の隅へと移動して、直立不動で固まった。素直でとてもよろしい。上半身を起こして部屋を見渡してみる。いつもと変わらぬ私の部屋。私は今までの人生の大半の朝、これと同じ景色を見ている。サンタは別だけど。

お腹が空いていたので、私は掛けていた羽毛布団を一口かじってみた。わたあめみたいにふわふわしてて美味しい。けど、なんか違う。なんか違うって、私は羽毛布団に何を求めていたんでしょう。なんで私は羽毛布団をかじったんでしょう。わたあめみたいに美味しい羽毛布団って商品化したら売れそうじゃない?でもたくさん食べたら寒くなっちゃうか。ボツ。この案はボツに致しましょう。

相変わらずサンタは直立不動したままこちらを眺めている。
「そんなところで何をしているんですか。こっちにおいでなさいよ。」
自分で退けと言ったくせに勝手ですね、私。サンタはもそもそと動き出して私の元へと近づいてくる。さっきのムーンウォークはすごく華麗だったのに、なんでそんなにもそもそしてるの。ギャップ萌でも狙っているのかしら。
私はサンタクロースの正体を知っています。お父さんかお母さんでしょ。分かってるんだから。私だってもう子供じゃないのよ。お父さんは仕事だから、多分お母さんだ。でもお母さんってこんなに背が高かったっけ。知らない。定かじゃない。

サンタは私のところまで辿り着くと、持っていた大きな袋から、もそもそと何かを取り出した。そう、サンタなんだから、プレゼントをくれるのは当然よね。プレゼントをくれなかったらサンタじゃない。プレゼントをくれないサンタクロースは存在意義を問われることでしょう。存在意義を問われたサンタはどうやって生計を立てるのでしょう。農業でも始めるのでしょうか。このサンタは私にプレゼントをくれるので、私は彼に存在意義を問いませんし、彼は農業を始めません。
そうしてサンタが私にくれたのは、羽毛布団だった。さっきの私、そんなに美味しそうに羽毛布団を食べていたのかな。なんかちょっと恥ずかしい。せっかく貰ったのだからと、とりあえず一口かじる。うん、美味しい。やっぱりちょっと違うけど。なにがって?さあ?あなたのそのモコモコした白い髭も、わたあめみたいな味がするんですか?

薄々感づいていたけれど、これ夢ですよね。夢であることは定かだと思う。あ、これ夢だなって見てる時に気がつく夢ってありますよね。夢。夢。夢。夢って漢字がゲシュタルト崩壊してこない?夢。夢。夢。私だけ?そうですか。
さて一体どうやったらこの夢から覚められるんでしょう。いっそこの夢の中で眠ってみましょうか。そうしましょうか。
私は一口分欠けた羽毛布団の中に全身包まった。暖かくて気持ちいい。美味しい上に暖かい、羽毛布団とはなんと素晴らしいものなんでしょうね。
私は目を瞑り、サンタが私の部屋でムーンウォークをする世界から、羽毛布団がかじられることのない世界への移行を試みる。

全く、変な夢を見たものです。

私はこの夢から覚める前にもう1度だけ、羽毛布団から顔を出してみることにした。

サンタが私の顔を覗き込んでいる。

スマートフォンで日付を確認。『3月32日』。
「あの、邪魔なんで退いて頂けませんか?」
ムーンウォークで部屋の隅まで移動するサンタ。そして、直立不動。

私は羽毛布団を一口かじる。わたあめみたいにふわふわしてて美味しい。けど、なんか違う。

きっと世界が私に嘘をついているのね。




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