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Tシャツのわたしと、ピンクの浴衣の後ろ姿と

街なかで、浴衣を着た女性が歩いているのをちらほら見かける。そうか、今日は花火大会か、と目を細める。

手をつないで歩くカップル、軽口を叩きあってにこにこ楽しそうな学生らしき数人のグループ、真顔をなんとか維持しているけど、たぶん待ち合わせのLINEをしているであろうスマホの画面を見てちょっと口角が上がっちゃってる女の子。

浴衣を着た人たちがそれぞれに非日常なハッピーを噛みしめている横で、私はひとり、あの苦い夜を思い出す。

ピンクの浴衣の後ろ姿。


20歳になって初めての夏で、その日は花火大会があるというから、仲間たちとサークルの会議が終わったら花火を見にいく約束をしていた。

その日はOBの先輩たちも来るらしいので、そしてなんとあの先輩も来るというので、朝からなんとなくそわそわしていて。花火を見にいくと言ったらお母さんが「花火の柄のTシャツあったじゃない、裾を結ぶやつ」というし、そうだ!きっと花火の日に花火の柄のTシャツを着たらちょっとおしゃれだ、だって前に買ってもらったそのTシャツは裾がちょっと長くなっていて結べるようになっていたりして、少し大人っぽいし、とかなんとかってああだこうだ考えてそのTシャツを着て大学に行った。

会議が終わった後、先輩たちと合流した。夕方から来た先輩たちは、みんな浴衣を着ていた。わあ、すてきだ、と思った。

浴衣、似合いますねえ。花火、どのくらいおっきいんでしょうねえ。

歩くのが速いあの先輩は、目を離すとすぐに、みんなで歩く列の先頭のほうに行ってしまうから、一生懸命早歩きして、なんとか歩幅を合わせて、20歳のない頭でつまらない話題を振り絞って話しかける。そうだね、おっきいんだろうねえ。つまらない話題への先輩のなんてことない返事の一つ一つに、若い私は、それが優しさなのか好意なのか律儀に無意味な葛藤をする。たいして話を盛り上げることもできないまま、その葛藤は、お酒とおつまみを買おう、というみんなと一緒にぞろぞろ道中のファミマに吸い込まれた。

どうせ花より団子の花見と同じで、夏の夜に大学生が10人も集まれば花火より酒。なんとか空いた地面を見つけて、ぞろぞろとある一角に陣取ったら、そこはもう宴会場だ。足音とか人込みとかプシュッと開く缶やがさがさあさられるコンビニ袋やべりべりとはがされる惣菜のふたやあれやこれやと重なって、遠くのほうでだーんという音が聞こえて、あたりがふわっと明るくなった。

そういえばこないだのリッチマンプアウーマン観た!?めっちゃきゅんきゅんしたー、とか、AKBももう下火だよな~、とか、花火に失礼な会話をしながらチューハイを飲んでポテチを食べる。私はてきとうに相槌を打ちながら、ちらりちらりと、暗くて見えなくてたまにいろんな色に照らされる横顔を盗み見る。

くだらない宴会をうだうだ続けているうちに、花火はそろそろ終盤ですよ~、クライマックスですよ~、とでも言いたげにサイズ感を増していった。

さすがに月9の話題もAKBの話題も終盤で気合の入った花火職人の技には勝てない。私たちはついに黙り込んで、大砲のような爆音と夜空にうかんでは消えていく大輪の火花を眺めた。

終わりが近づくにつれて、大きい花火と大きい花火の間隔は長くなる。暗い時間が続いて、突然あたりがフラッシュのように照らされる。

最後から2番目か、3番目か、忘れたけど。

大きな花火に照らされた先輩の横顔は、もうひとりの、女性の先輩の横顔と寄り添っていた。

そのまま二人はもたれあって、手に持った缶ビールをおいしそうに飲み干して、暗くなる間際に目を合わせて微笑みあった。

なんとなく見てはいけないものを見たような気がして、慌てて夜空に目をやった。空を見てもあるのは真っ青な背景だけで、それでもじっと上を向いていた。最後の花火は、当たり前にとても大きくてとてもきれいで、ほかのみんなが「おぉ~」と言うのに合わせて、おぉ~、と小さく声をもらしながら、ぼうっと消えるのを見送った。

帰り道、みんなで歩く列の先頭のほうに目をやる。目を離すといつもすぐに先頭のほうに行ってしまう先輩は、彼自身が歩くのが速いわけじゃないようだった。じっと見ると、女性の先輩が先頭の方でさっさと歩いていて、その横に追いつくように一生懸命歩幅を合わせていた。

女性の先輩は、ピンクの浴衣を着ていた。後ろ姿が華奢で、女らしくて、とてもきれいだった。

「ゴミ、持つよ。」

先輩が彼女に声をかける。ありがと、と言って、ピンクの浴衣の彼女は、自分の持つ缶のごみを先輩に渡した。

私は、お菓子のごみがたっぷり入ったビニール袋をぎゅっと握りしめる。朝はわくわくしながら、すごく大人らしくておしゃれだと思った花火柄のTシャツが、ひどく恰好悪く思えて、なんだか恥ずかしくなって、すこし花火柄を隠すようにしてもじもじ歩いた。せっかくお母さんが勧めてくれたのに。お母さん、ごめん。と思ったりして、もっともじもじした。

帰りに、家の近くのコンビニで年齢確認をされながら缶ビールを買った。コンビニの前で、道行く人に怪訝な目で見られるのを感じながら、缶ビールをぐいっと飲んでみた。花火に照らされた二人のようにおいしそうには飲めなかった。私はビールなんか飲めなくて、いつもどおり、それは苦いだけで、それでも買ってしまったものは仕方ないから、ひとりで嫌な顔をしながら頑張って飲み干した。

花火柄のTシャツは、その日洗濯したっきり、そのまましまい込んでしまった。



ピンク色の浴衣を着る若い女の子の背中を見ながら、27歳の私はあの苦い味を思い出す。

今度実家に帰ったら、あのTシャツを探してみよう。きっとまだ、たんすの奥のほうに残っているはずだ。

でもって今日は、大好きになった缶ビールを買って帰って、飲み干しながら夫と二人で花火を見よう。テレビで、うだうだと、Tシャツを着て。




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