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昌磨くん、頑張りました、おめでとう☆

こんにちは、ぱんだごろごろです。

今日は、別の記事を書くつもりだったのですが、

何だかヘロヘロしてしまって、

考えてみれば、その原因は、宇野昌磨選手でした。

フィギュアスケートの男子シングルの選手です。


北京オリンピックの宇野昌磨選手


宇野選手は、団体戦のショートに出て、2位でした。

これは、ネイサン・チェンがいるから仕方がない。

彼は、誰もが認める、現在世界最高の、フィギュアスケート男子シングルの選手です。

彼に勝つのは、相当難しい。

まあ、2位で順当でしょう。

団体戦は、日本選手、皆が頑張って、
(夫によれば、ペアの二人<りくりゅう組>が、想像以上に良い演技で、驚いたとか)

結果、銅メダル、良かった、良かった。


さて、運命の個人戦。

私は、仕事の都合上、リアルタイムでTV放送を見ることはできません。

宇野選手がショートで3位だった、というのも、仕事から帰ってきて知りました。

羽生結弦選手のアクシデントにも驚きましたが、

オリンピックとは、こういうことがある場所なのだ、としか言いようがありません。


それは、伊藤みどりさんの、アルベールビルオリンピックのショートの時にも思いましたし、

浅田真央さんの、ソチオリンピックのショートでも思ったことです。


宇野選手が、個人戦ショートで3位になった、と聞いたとき、

私は、良かったと思ったのか、がっかりしたのか、どちらだったのでしょう。

今思うに、

「あ、3位か」

と、淡々と事実を受け止めていたように思います。

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伊藤みどりさん


伊藤みどりさんのアルベールビルオリンピックの時は、

周囲の金メダルへの期待から来る重圧や、以前から彼女を苦しめていた身体の故障や不調から、

ショートで4位となってしまい、

うなだれる彼女の姿を見て、

こちらまで苦しくなるほどでした。


それだけに、フリーで巻き返して、銀メダルを取った時には、ほっと胸をなでおろしたものです。

何より、みどりさんには、だれにも真似できない(当時)、トリプルアクセルという武器がありました。

ショートでは、あまりの調子の悪さに、

トリプルアクセルを封印して、トリプルルッツにしたのですが、

そのルッツを失敗してしまいます。

フリーでは、その反省から、トリプルアクセルに挑みましたが、

失敗、

しかし、演技後半、残り1分で、もう一度トリプルアクセルに挑戦し、

今度は、見事に成功したのです。

観客は熱狂しました。

みどり


みどりさんのトリプルアクセルの、あの驚異的な飛距離は、だれにも真似のできないものです。


それでも、金メダル確実と言われていた、伊藤みどりさんが、

銀メダルに終わったという事実は、

私の心に、ほんの少し、小さなしこりを残しました。

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浅田真央さん


それだけに、みどりさんが習ったのと同じ、

名古屋の山田満知子コーチのもとに、

浅田真央という天才少女がいる、と知った時には、

私は、今度こそ、と思ったのです。


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今度こそ、あのジャンプの天才、伊藤みどりさんの雪辱を果たして、

この真央ちゃんが、オリンピックで、金メダルを取ってくれるのではないか、と。


小学6年生だった彼女を、全日本選手権で見てから、

私は、再び、彼女の活躍を追い続ける日々を送ることになったのでした。


ですが、ご存じの通り、やはり彼女も、金メダルを取ることは出来ませんでした。

まおばん

世界選手権で、何回優勝しようと、オリンピックには独特のものがあるのです。

これはもう、魔物のようなものです。

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宇野昌磨選手


さて、名古屋の山田満知子先生のもとに、

今度は、秘蔵っ子の男の子がいる、と聞きました。

何でも、浅田真央ちゃんの弟のような存在だとか。


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気が付いた時には、あっという間に、次世代のスターになっていました。


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世の中が4回転の時代になると同時に、

世界で初めて4回転フリップに成功したこともあって、

宇野昌磨くんも、世界大会の表彰台の常連さんになっていたのです。


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記憶に新しい平昌オリンピックで、

宇野昌磨選手は、団体戦の男子シングルのショートで1位になりました。

続く個人戦。

ショートでは、3位でしたが、フリーで巻き返して、フェルナンデス選手を押さえ、総合で2位に。

1位の羽生結弦選手と共に、日本人選手のワンツーフィニッシュとなりました。

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残り続けたしこり



伊藤みどりさんの時には、名古屋出身の女子の日本人選手ということで、応援していたように思います。

浅田真央さんの時も同じです。

ただ、日本人選手ということで、応援するなら、羽生選手が金メダルを取ったことで満足できそうなものですが、

平昌オリンピックで、宇野昌磨選手が銀メダルだった時、

私は、満足できなかったのです。

もちろん、ワンツーフィニッシュは嬉しかったのですが、ね。


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要するに、伊藤みどりさんのアルベールビルオリンピックの時の、小さなしこりを溶かすには、

山田満知子先生の門下生に金メダルを取ってもらいたかったのでした。

だって、伊藤みどりさんのあと、女子シングルでは、

荒川静香さんがトリノオリンピックで、金メダルを取っていますからね。

それでも胸のしこりが残り続けた原因は、

それしか考えられません。

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山田満知子コーチの門下生


こうやって考えると、

山田満知子先生の教え子さんたちは、

3人ともオリンピックで、銀メダル

と言うより、よく考えると、山田先生は、3人ものオリンピックメダリストを育てたんですね。

彼ら以外にも、山田先生が育てたオリンピック選手は、

恩田美栄さん(ソルトレイクシティオリンピック)や村上佳菜子さん(ソチオリンピック)等がいます。


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ぱんだの北京オリンピック


と言うことで、初めに戻ります。

北京オリンピックの、個人戦男子シングルのショートで、

宇野昌磨選手が3位だと聞いた時、

「あ、3位か」

と、淡々と事実を受け止めた私は、


男子シングルのフリーが終わって、総合3位との結果を聞いた時、

「あ、3位だった。メダル取れたんだ。良かった」

と、すなおに思いました。

平昌オリンピックが終わってからの4年間、

宇野昌磨選手は、どん底も味わいました。

表彰台に乗れないこともあったのです。

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伊藤みどりさんから始まって、

私は、今回初めて、

自分の欲から離れることができたように思います。


応援している選手自身が納得できるのなら、

どんな結果になってもかまわない。


宇野昌磨選手は、

「本番でたとえ失敗しても、それが今後の成長につながるのなら、自分は試合で失敗をすることを怖れない」

と語ったそうです。



おおらかで楽観的な、ちょっと変わったものの見方をする、昌磨くん。

記者会見でも、彼だけ、他の選手たちとは、違う受け答えをします。


あれ、これって、何だか。

ちょっと、うちの猫(息子)に似ているような・・・。

(昌磨君、ごめんなさい!)


そうか、こんなに突き放したような気分で、

試合の行方を、心配しないでいられたのは、

「宇野選手の場合、どんな結果になっても、本人はきっとそれを受け容れられる」

と思えたからなんだわ。


そして、私も、そういう選手たちを受け容れよう。


何だか、息子を信じるように、宇野昌磨選手のことも、信じることができたのでした。


昌磨くん、銅メダル、おめでとう。

そして、ありがとうございました。


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ヘロヘロになりながらも、ずいぶん長く書いてしまいました。

最後まで読んで下さって、ありがとうございました。











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