松岡修造に変身できる美容室。
ビジネスマンとして、松岡修造の外見ほど見習いたいものもない。
松岡修造は身長188cm。すらっと伸びた長い手足、小さな顔、ほとばしる情熱。
もしも仕事でアポイントを約束した時間に、営業担当として松岡修造が現れたとしたら、たとえ彼が扱っている商材が壺だとしても、喜んで印鑑を押してしまいそうだ。
まぁ、もちろん、松岡修造への印象は人それぞれだ。大好きだという人もいれば、特になんの思い入れもないという人もいる。中には「いや、結局のところ松岡修造ってさ〜」という人もいて……。
……
…
髪が伸びたので、美容室に行くことにした。
約1ヶ月、髪の毛を放置していたので、私の頭はサバンナの草原のようになっていた。美容室に行く前日、明日はどんな髪型にしようか、と考えていると、テレビに映っていたのは松岡修造で、私はハッと閃いた。
そうだ、松岡修造の髪型にしてもらおう。
というわけで、美容室。
席について、いつもの男性美容師の大山さん(仮名)が「さ! 切っていきましょう!」と元気よく言ってくれる。「今回はどのようにしましょうか?」と聞かれたので、私も元気よくこう言った。
私が元気よくそう言うと、大山さんは少しだけ困惑したから、心の中で彼にこう言い聞かせる。
松岡修造に変身させてくれ、というオーダーはあまりに難しいので、そこはもちろん、持っていたスマホであらかじめ「松岡修造」を検索して画像を表示させておいた。
数枚の松岡修造を見せる。
気合いの入った松岡修造たちが次々とスマホ画面に表示されるのである。美容師の大山さんは言う。
私の心はもう、松岡修造だった。
髪の毛を切りながら、私の髪の毛がどんどん松岡修造に変身していく。いい感じ、いい感じ。松岡修造の髪の毛って、ほんとすっきりしていて、ビジネスマンとして見習いたい理想の髪型に近い。
変にツーブロックみたいな感じで色気付いていないし、当然毛先を遊ばせることもない。もちろんパーマをかけることもないし、髪型から漂ってくる印象は「信頼」の2文字である。
この男性美容師の大山さん、過去のスタエフ配信でも語っているのだが、もう1年以上私の髪の毛を切ってくれている。そしてよく喋りかけてくれる。
最近の政治情勢、行った旅行先でのエピソード、美容師業界の闇など、そんなことを私に話していいのか? とも思うのだが、毎回すっかり私がインタビュアーになっちゃって、ずっと話しかけてくれる。
カットが終わって鏡をみたときに目の前にいたのはまさに松岡修造だった。だから、
と喜んだ。大山さんは「そうでしょう、そうでしょう、松岡修造でしょう」と言いながら、私をシャンプー台に誘導してくれる。
よく話しかけてくれる大山さんは、私がシャンプー台に運ばれて、顔に布をかけられても変わらずお構いなしで話しかけてくる。
こう言われても、仰向けになった私の顔面には白い布がかぶさっているので、変に長いあいづちを打つことができない。布がずれるからだ。だからいつも私は小声で、
「ソッスネェ〜」と答えるのみである。
個人的に愉快だったのは、ドライヤー中である。
いつもはドライヤー中に、大山さんが話しかけてくることはない。なぜならドライヤーの音がうるさいので会話が聞き取れず、そもそもの会話自体が成立しないことをお互いに知っているからだ。
が、この日の大山さんは私の松岡修造っぷりにあまりに満足したのか、ドライヤー中もお構いなしで話しかけてきた。
ドライヤーの「ブィィィーーーン」という大音量にまじって、大山さんが話しかけてくる。
大事なところが聞き取れない。大観衆のライブ会場で「そういえばさ〜」と普通の話をされる感覚に近い。その話はライブが終わってからでもいいのではないか、というあのやつだ。
こういうときには、
とにかくあいづちを打つしかない。
このとき私がとったあいづちは「えぇ」「あぁ〜」「たしかに」「そうですね〜」である。この4つの手札でこの状況を乗り切るしかない。
これら4つの手札を巧みに使い分け、会話をいなしていく。だが、ドライヤー音の間をぬって、こんなセリフが聞こえてきた。
大事なところがわからなかった。
とりあえず「そうですね〜」の手札を切って、ことなきをえた。
無事、松岡修造に変身できたのはいいのだけれど、ドライヤー中の大山さんの「結局は松岡修造って……」という言葉の続きは、なんだったんだろう。
頭の上に「?」を浮かべながら、私は「まぁいっか」と思って美容室を出た。
【関連】スーツの着方はこれ!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?